第25話 後悔だらけの反省会

「……ひとこと、良い?」

「ドウゾ」

「ばかなの?」

 俺の部屋で、ベッドに座る片桐の前で何故か正座をしながらも事の経緯を説明し終えた俺は、呆れかえった片桐のその声に「おっしゃる通りでゴザイマス……」と項垂れるしかなかった。

「何で恋が走り出したら止まれないの、止まれよ、言うだけ言って逃げるなよ、ばかなの?」

 ホンット信じられない。アタックするなら途中で逃げるなよ。ばか、中途半端なことするのが一番格好悪いんだけど、信じられない。ひとしきり俺を貶し続けた片桐はため息交じりに、「全く、しょうがないな」とふわりと笑う。

「過ぎた事は仕方ないし、当たって砕けたのは勢いであれ、頑張ったよ」

 迎え酒、しようよ。と片桐はベッドから腰を上げる。「父から届いた焼酎があるんだ。潰れるまで飲めばいいよ」そう言って一度俺の部屋を出て少しすれば片手に一升瓶、片手につまみを持った片桐が戻ってくる。「ほら、失恋サクソニストよ、飲みなさーい」面白がる口調で勝手にキッチンから持ってきたコップに、とくとくとその瓶の中身を注ぐ「さぁ一気に、いっちゃいなよ。今日は飲んで潰れてさ、これからの事は明日考えればいいよ」と笑って、そのコップを差し出す。差し出されたそれを、俺は一気に喉に流し込めば、元々軽くぐるり、と回っていた世界がそのまま歪んで意識も途絶えるのだ。

 次に目を開けた時には床に転がされたままだったからか、ブランケットだけ掛けられていた体はそこら中が痛く、頭もガンガンと痛みを主張していた。カーテンも閉めていなかった窓の向こうは暗く、何故か部屋は明るいと思えば、台所には片桐の姿「放っておいて死んでたら後味悪いからね。雑炊作ったけど食べる?」そう笑いながら、彼は雑炊をテーブルに置いたついでに「インスタントだけど」とシジミであろう味噌汁をコトンと追加して、彼自身も俺に向かい合う形でテーブルの前に座る。

「あったまいたい……」

 ボソリと呟いた言葉に「そりゃぁそうでしょう」と片桐は意地の悪い笑みを浮かべる。「そんなに強くないのにあれだけ飲んでとどめの泡盛じゃぁなぁ」

「ちょっと待て、お前焼酎って……」

 ケラケラと笑う片桐に昼間に聞いた彼の言葉を確かめる。

「泡盛だって焼酎だし?」

 悪びれもせずそう言い切った片桐に「イヤ、ぜってー違う」と痛む頭を押さえながら「そうかなぁ?」なんてシラッと言いやがるのだ「っていうか、携帯見た? 鷹晴さんから結城に電話繋がらないって連絡来てたんだけど」ただの生存確認だったみたいだから、連絡する必要はないけど。と続けながら片桐は俺に携帯の生存を問う。

「やべ、電源切ったままだった」

 尻ポケットに入れたままだった携帯は昨日の夜から電源を切ったままで。電源を付ければ勢いよく様々なメールや着信の履歴をブルブルと知らせてくる。バードランドのメンバーからだとか、それこそタァ兄からの着信を知らせるショートメールだとか、メールマガジンだとか。その中に、一件、今はあまり見たくなかった名前からのメールが入っていることの通知を見つける。〝南海さん〟そう表示された送信者名に思わず震えてしまう指を、奮い立たせてそのメールを確認する。そこには相変わらず一文だけが書かれていた。『ちゃんと話がしたいから、時間作って貰えるか?』

「か、片桐……」

 思わず俺の声まで震えてしまう。震える声で片桐を呼べば「どうしたのさ」とテーブルの向かいで携帯を弄っていた片桐が顔を上げる。言葉が出てこない俺は、その携帯画面を彼に見せ、読むように促す。

「へぇ、良かったじゃん」

「……何がだよ」

 画面に視線を下した片桐は、面白そうに笑い、俺はそんな片桐が面白くない。片桐はそんな俺を気にすることなく「だって、連絡を絶ってそのままフェードアウトも出来たでしょ。チャンスをくれたって事だろ?」と笑ったまま続ける。

「ナルホド」

 頷いた俺に、片桐は「で、どうするのさ」と更に言葉を重ねるのだ。

「話せるなら、もう一度話したい。ちゃんと伝えたいに決まってるだろ」

 俺の言葉を聞いた彼は「それで良いじゃん、善は急げだ。返信しなよ」と笑う。問題は、何処で会うかだ。「一晩だけ、考えてから」それだけ絞り出せば「じゃぁ、よーく悩みな」と片桐は腰を上げて俺の部屋を出て行った。

 そうして俺は一人部屋の中で想いを巡らせる。どんな言葉を彼に渡せば良いのだろうかと。まっすぐに、投げかけた言葉が届いたから、もう一度話すチャンスを得られたのであれば、もう一度、彼に同じ言葉を投げればいいのだろうか。俺は、彼に何を渡せるのだろうかと。けれど、考えたって今の俺に、差し出せるものがあるとすれば、音楽だけしかなかった。音に惚れた男が、音しか差し出せない。それはそれで良いのかもしれない。音の鳴り響く世界で生きているのだから。そして、俺と、彼も、音が鳴り響く世界に居なかったら、きっと出会う事もなかったのだ。俺は、携帯を手に取り、片桐以外のバンドのメンバーへメールを送る。次のリハを中止にしようというメールだ。素面の状態で反省会をしようと話していた次の予定を、翌週に延ばしてもらう。まだ、そんなに夜も遅い時間じゃなかったからか、アカネとリョーマからはすぐに了承の返事がある。タァ兄はきっともう少し遅い時間に返答があるだろう。けれど、彼もそれに否を唱えるような人ではない。そして俺は、南海さんへとメールを送る。次の土曜日、会いましょう、と。場所はバンドの練習に使っているスタジオと時間を指定して。彼からの返信が、その夜、俺の携帯を震わせることは無かった。

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