第23話 走り出したら止まれない
「おつかれさーん!」
無事何事も無くステージを終えた俺たちはタァ兄の家で思い思いの飲み物を入れたプラカップを掲げ、タァ兄の音頭で乾杯をする。
「結城が飛ばしまくりでどうなる事かと思ったけど、何とかなるもんだねぇ」
片桐はビールを飲みながら笑い「ホントそれな」とタァ兄も同じようにビールを呷る。
「結果的にはいい感じになったんだから良いじゃん。なぁ?」
「そうですね、でも俺も結城さんにはヒヤヒヤしましたよ」
「スリルがあって面白かったスよ」
アカネとリョーマに同意を求めれば、そんな言葉が返ってくる「酷いな」とビールを流し込めば「そりゃそうでしょ」と片桐はシレッと返すのだ。
「あれだけやって方向性決めてたソロまで全然違うものにしてさ、まぁソコがソロの醍醐味とも言えるだろうけど」
「そうそう。でも、ゆーきサンいつも以上に楽しそうでしたよね、良い事でもあったんですか?」
片桐とリョーマに口々にそう言われれば「まぁなぁ」と俺は笑う。
「ウッズのドラムさんに良い事言われてさ」
「ウッズのドラムってモミジ?」
リョーマがそう訊ねれば俺は「紅一点の子」と返す。「ならモミジだ」リョーマは頷き「何言われたんですか?」と重ねる。
「それは秘密だな」
「あっやしーなー」
リョーマとの話をきいていたタァ兄はそうやって俺に突っかかる「俺にだって秘密の一つや二つあるし」ビールを流し込みながら言い返せば、空になったカップに更にアルコールが注がれる。「俺はケイや朝比奈よりやさしーから行き成りウォッカ原液は注がないぞー? その代りすぐ潰さないからなー」ホレ話せ。なんて白茶色の液体をタプタプと注ぐ。その甘くて苦いアルコールは恐らく高いであろうアルコール度数にしては飲みやすくて、ぐい、とそのまま流し込む。
「秘密は秘密のままでいいじゃないですか、今日は何も言わずに潰れる所存です」
そう宣言すれば、片桐は「結局潰れるんじゃん」と呆れた声で笑った。酒盛りは夜を徹して続けられて、タァ兄と俺と片桐とアカネは途切れることなくアルコールを、高校生のリョーマはソフトドリンクを飲み続け、ビデオカメラで録画した今日のステージを見返して反省をし、次回はどうしよう、なんて気の早い話をはじめたりして。次に気付いた時にはリョーマとアカネは床で寝落ちたまま、俺は起き抜けかつアルコールでフラフラ、片桐とタァ兄だけは平然と笑っているのだ。時計はもう昼に近い時刻を指していて、カーテンが開けられた窓の外は明るい。
「リョーマとアカネは寝かせときな、片付けは俺がやるし」
シュン坊は帰って寝た方が良いな。とタァ兄が笑い、片桐も「一人で歩かせるの怖いし付いていきますね」と立ち上がる。
「だいじょーぶだって、一人で行けるいける」
「……まずシャワー浴びて頭起こして来い」
そんなことないのに。タァ兄の指示で俺は風呂へ押し込まれ、ドアの向こうに片桐かタァ兄の監視付きのシャワータイムを経て、少しだけさっぱりした頭を取り戻せば、片桐と共にタァ兄の家を出る。
「あ、薬局寄りたい」
「しょうがないな、おれはついでに買い物してるからあとで落ち合おうか」
タァ兄の家から俺らのアパートまでは少し遠いけれど歩いて行ける距離。いつも使っているスーパーに併設された薬局でウコン飲料と液体胃薬とスポーツドリンクを買い込む。この間の圭兄さんに潰された時よりはマシだけれど、今回も割と二日酔いの足音が聞こえる。少しでも症状を軽く、と念じながら商品を手に取っていれば「あ、」という声。
「あれっ? 南海さんだー」
そこに立っていたのはいつもよりラフな格好をしている南海さん。そう言えば俺、この人のスーツかワイシャツ姿しか見てなかったんだな。と貴重な私服姿に思わず笑みを零す。
「何かボロボロっていうか、ヘロヘロだけど、どうかしたのか?」
俺の情けない二日酔い姿を心配そうに見つめる彼に「打ち上げで二日酔いっていうか……」と半ば潰された事はそっと置いて答える。
「音楽系って結構飲むもんな。朝までだったんだ、お疲れ」
そう言って笑う南海さんに「いええー」と気の抜けた相槌を打ってしまう。
「昨日、聴かせてもらったよ。すごく良かった」
久々にグッと来ちゃったよ。と楽しそうに笑う彼に「そう言ってもらえたら光栄デス」と俺も笑う。
「でも、昨日のメール、何だったんだ? あ、送る相手間違えたろ」
ちゃんと送信先確認しないとダメだろ。と笑う彼に「間違ってないですよ」と返せば、怪訝そうに首を傾げられる。
「間違ってないですし、メールの通りです。昨日、俺は南海さんに聴いてもらう為だけに吹いたんです」
伝えてしまいたかった。昨日からストンと腑に落ちた自分の気持ちを。もうどう思われたって良い。酔った勢いと言いたいなら、そう言えばいい。
「好きなんですよ、俺、南海さんの事が好きです」
「ちょっと待て、色々付いていけない」
「解ってます、だけど、言いたかったんです。レオの事とか、そういうの抜きで、俺、最初に逢って、聴いた、南海さんの音が好きになったんです。俺のものにしたくなっちゃったんですよ」
俺はそれだけ一気に言って「俺が言いたかっただけなんで、忘れてくれて構わないです」と、突然の俺の言葉に二の句が継げない彼に笑って見せる。そうして俺はレジへ向かい、会計だけ済ませれば、スーパーの外に設置されている灰皿まで走る。そうして楽器を静かに下ろして、俺も地面へとへたり込む。ポケットからタバコとライターだけやっと取り出せば、咥えたそれに、火を付ける。
「ちょっと、結城何やってんの」
昨日から本当おかしいよ? と灰皿の横でへたり込んでしまっている俺を見つけた片桐はため息交じりにタバコを取り出し、火を付ける。
「ちょっともう、泣きたい」
「はぁ!?」
俺の言葉に動揺したように声を上げる片桐に「恋が走り出したら俺が止まらなかった」それだけを告げれば「……事情はあとで聞くけど、帰ったら寝る前に迎え酒、する?」といつもより少しだけ優しい声で言ってくれた。
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