第20話 突然の闖入者

「おかえりー」

「……何でこっちの部屋に居んの?」

 いいじゃん、ねぇ? などともう一人の闖入者に目配せをする片桐が居るのは俺の部屋。まぁ、合鍵は渡しているから行き来は出来るし俺も俺で片桐の部屋の合鍵を持っているのでやろうと思えばできるが、しかし。「リョーマまで。どうしたんだよ」と問えば「片桐サンと偶然会って誘われるがまま?」

「高校生は勉強しろよ……」

 お前ただでさえバカこじらせて留年してんだから、と首を傾げながらそんなことをのたまうリョーマに突っ込めば「勉強もついでに教えてくださいよ!」なんて調子の良いことを言ってくる。

「けど、片桐に偶然会っただけなら俺の部屋にいる意味とかわかんねー」

「いやぁ、おれの部屋今びっくりするくらい譜面が散らばっててさー」

 疑問を口にすれば、片桐がその理由を答える。「いや、片付けろよ……」思わず口からこぼれたその言葉には「だって結城の部屋に行く方が手っとり早いし?」リョーマくんなら良いかなーって思って。そんな言葉を重ねながら片桐もまたこの所行を気にしていない台詞を笑顔で告げるのだ。思わずため息を禁じ得ないこの状況。そんな俺にも気にすることをしない片桐は、俺が手に持っていたビニール袋に目敏く気付いて「あ、ミナミサンの所行ってたんだ?」と問いかける。

「ん? ああ。作りすぎたからってお裾分け貰ってきた。山菜三昧」

 ビニール袋の中身である料理の詰められたタッパーを袋ごと片桐に手渡せば、リョーマもまたそのタッパーの中身を興味津々に見つめる。そんな二人をよそに、俺はほろ酔い気分のまま更にアルコールを突っ込もうと冷蔵庫のドアを開け、お目当てのビールを取り出して封を開ける。

「こりゃすごい」

「おぉ、おー!」

 片桐のとぼけた感嘆と、リョーマの驚きの声が俺の所まで聞こえ、俺は俺でビール片手に彼らの元へと戻る。「夕飯まだだったら食っても良いよ。めちゃくちゃ美味いから」コップに注ぐことも無く缶ビールにそのまま口を付けながら、二人へ声を掛ける。「箸と皿の提供願います」美味いものを目の前にして自分で取りに行くという頭は無いのであろう片桐の要請に「ハイハイ」と了承をして俺は再び元居たキッチンへと引き返し、皿と箸を二人分用意して戻ってくるのだ。

「頂きます!」

「頂くよ」

 元気の宜しいリョーマの隣で片桐ものんびりと手を合わせ、タッパーの中身を皿に移し、更にそれらを口へと運ぶ。「うっま……」「これは習いに行きたい……」リョーマと片桐が二人並んでそんな感想を口にしている。

「でも、何で山菜?」

 ひとしきり美味い美味いと料理を楽しんだ片桐がふと思い出したかのように訊ねられれば、「職場の先輩に山のように渡されたんだと」と渡された張本人から聞かされた理由を答える。

「へぇ、ケイさんみたいな人って他にも居るもんなんだね」

 圭兄さんの事を引き合いにそんな感想を告げる片桐に「圭兄さんはもうありゃ病的なレベルだから一緒にしない方が良いかも」なんて返す。俺もタァ兄も彼の事を圭兄さんだのケイだのと呼んでいるから、気づけば片桐や他のメンバーも彼の事をケイさんとして認識をするようになっていた。そしてバンドを結成してから数度、既にタァ兄曰く〝在庫処理〟と言われるイベントもこなしているからか、圭兄さんイコール爆買いの人、なんてイメージが付いてしまっているようで。圭兄さんには話さないけれど。

「はー、ごっそさまでした!」

「結局おれとリョーマくんで食べきっちゃったね」

 タッパーの中身を見事に空にした二人はごちそうさまの声と共に手を合わせる。

「つうかリョーマ、お前家大丈夫なのか?」

 マンプクマンプクゥなんてオヤジ臭くカーペットの上でごろ寝し始めるリョーマに声を掛ける。時刻は二十時を少し過ぎる位。留年しているとはいえまだ高校生のリョーマは実家暮らしだった筈だ。リョーマは「ヘーキっすよ。俺が何時に帰ろうがホーニンってヤツですから」とケラケラ笑う。放任してなきゃ一年を二留もしないか。と妙な納得をしていれば「何なら泊まっても」なんて言葉を重ねる。

「その場合俺がお前に勉強教えんの?」

「ギターソロの相談に乗ってくれるってのでも良いっすよ?」

 ギターもある事だし、明日のリハでほぼ仕上げっすよね? とカーペットの上でゴロゴロ転がりながらリョーマはバンドの予定を問う。明日のリハを含めあと二回、それがメンバー全員で集まる事が出来る回数の全てだ。「でもお前、もういい感じに完成してたじゃん。これからまた系統変えるってなったら間に合わなくない?」前回のリハで聴いたギターソロを思い浮かべながら告げれば「そーなんですよねー」とリョーマもううん、と唸りながら呟いた「もうちょっと華が欲しいっていうか、盛り上がりたいっていうか」というリョーマの言葉に片桐が「でもリョーマくん、ステージに立ったらリハよりも盛り上げてソロやってるよね?」なんて口を挟む。

「確かに。俺もそうだけど、リョーマも割とそういう傾向あるよな」

「俺は事前準備大事タイプだから本当二人共意味わかんない」

 納得、と俺が頷けば片桐はそんな憎まれ口を叩く。「いや、ぶっつけ本番じゃねーだろ。今までの練習とインプットとアウトプットがあってこそのステージですからー」今の言葉は聞き捨てならない。反論すれば、リョーマも一緒に「そうだそうだ!」と合いの手を入れてくる。

「……という事だし、今夜は勉強しような? 片桐お前も手伝えよ」

 俺の言葉には、リョーマも片桐もブーイングを上げる。お前らそれでいいのか。

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