第19話 日々は巡る

 目まぐるしく日々は巡る。学業にバンドに時折バイト。バンド自体のリハは週に一回だけれども、それ以外の時間でも片桐と二人でコンファメーションのチェイスを詰める。詰めるといっても其処はアドリブ。その時その時で奏でられる音は変わる。けれども、やらないよりもやった方が良いだろうし、それだけをやりすぎてしまうとマンネリになってしまいそうだから程々の所で他の曲を合わせたりもする。まぁ、結局いつもと変わらない二人だけのセッション遊びとも言えるのだけれど、もちろん個人練習もするけれど、出来るだけ誰かと合わせたいから、学内のジャズ研に飛び入ったりもしていれば、刻一刻と時は流れるのだ。そんな目まぐるしい日々を過ごし、週に一回のリハをこなし、ミケちゃんに言われたそのままの提案を次のリハですれば、すんなりと受け入れられてしまって歌うことになった君住む街角のボーカルも練習しつつ、折角だからと映画も見た。思った以上にストーカーしているタイプの登場人物が歌っているものだったその曲に、思わず少しだけ引いてしまいつつも、その止まらない気持ちが少しだけ羨ましいな、なんて思ってしまったりもして。そんな生活を送って気付けば六月に入ってしまっていた頃だった。俺の携帯がポーン、と言う着信音を立てて南海さんのメールを受信したのは。

『最近忙しいみたいだけど、良かったら明日の夕飯どうかな?』

 一文のみのそのメールに、俺は即座に『喜んで!』と返信したのだ――そして、今に至る。

「忙しかったんだろ? ごめんな、いきなりメール送っちゃって」

 そう言って出してくるのは山菜料理のオンパレード。「なんもですよ、っていうか、この山菜の山はどうしたんですか?」この都会であまり一般的に見られないような量の山菜料理を目の前に盛られ、思わず俺は南海さんに訊ねる。曰く「工房の先輩が無駄に大量の山菜を貰ってきたお零れなんだけど、あまりに量が多くて俺一人じゃどうしようもなかったんだ」と。ああ、圭兄さんみたいな人がこの世にはまだ沢山いるのだろうな。なんて感想を抱きつつ、「俺で良ければ消費お手伝いしますよー」と笑う。そうすれば「そう言ってもらえると助かるよ。痛む前に片付けちゃいたいしなぁ」笑いながらそんな言葉を添え、彼は更に料理を運んでくるのだ。パスタに天ぷら、炊き込みご飯。それから汁物に和え物。何でもありのその食卓に共通するのは緑色をしているという事だろう。「梅酒もあるけど飲むかい?」と重ねられ、「頂きます」と答えれば、彼は「ロックで良かったかな?」と飴色の液体を氷の入ったグラスへ注ぐ。一口だけ舐めるように口を付ければ俺の思う梅酒よりもずっと爽やかで酸味のある味で、南海さんを見れば「甘さ控えめで漬けてたんだ。どうかな?」なんて彼もまたグラスを持ちながら、柔らかく微笑むのだ。

「美味しいデスよー梅酒って甘いのしか飲んだことなかったんで、新鮮っすね」

 感想を述べれば、彼は「だろ?」と笑う。「っていうか、自分で漬けるってすごくないですか?」俺が言葉を返せば、そうかな? なんて彼は、山菜の天ぷらをつまみながら首を傾げるのだ。

「そんな事も無いぞ? 梅の下処理して、適宜氷砂糖と酒入れときゃどうにかなるし。気が向いたときに瓶回して中身混ぜる位なもんで」

 果実酒漬けるよりも準備も楽だしなぁ。彼は言葉を重ねながら笑い「ユウキくんもホラ、食べなよ」と続ける。

「それじゃ、いただきます!」

 パン、と両手を合わせその言葉を口にする。そうして俺は彼の作った緑色のご馳走の山に箸を伸ばした。


「それにしても、よく考えたら久々ですね」

 皿の上のものが粗方片付き、お互いに腹が満たされた辺りで、彼の作った梅酒を舐めつつそんな感想を口にする。

「そうだな、一ヶ月ぶり位か。忙しかったんだろ?」

「忙しかった、というかなんというか。ライブの準備が大詰めって感じですね。何か行き掛り上一曲だけ歌う事にもなっちゃって。そっちも練習しなきゃですし」

 そう告げれば「歌もやるんだ?」彼は感心するように俺を見る。「南海さんだって歌、上手いじゃないですか」前回お邪魔した時に披露してもらった彼の歌声を取り上げ告げれば「俺の事は良いって」なんて少し照れたように苦笑する。

「まぁ、ルイだけに歌も演奏もやりますよ。なーんて」

 この間片桐にからかわれたネタを披露してみれば。あの時のミケちゃんのように首を傾げられる。ああそう言えばこの人にも言ってなかったな。と、ハタと気付き「俺、アメリカの登録だとルイ・イースデイルなんですよ。パスポートが別名表記でゴチャゴチャしてるんですけどネ」付け足した注釈に、そうなんだ。と彼も理解する。

「――ん?」

 何か引っかかることでもあったのだろうか、少し考え込むように眉間に力を入れる彼に「どうしたんですか?」と問えば、「んー、いや、なんでもない……かな?」思考は止めていないような少しだけ上の空な答えが返ってくる。

「何か、ううん……いや、なんでもない? うん、なんでもない、かなぁ?」

 何だか腑に落ちないような彼の言葉に俺はどうする事も出来ず、そうですか? と思わず俺まで疑問形になってしまった隣で「ルイってなんだかどこかで聞いたような、聞かなかったような……」本当に自分ひとりに言うような小さな呟きが聞こえた。

「まぁ、ルイなんてありふれた名前ですし」

「そうか? アームストロングもルイだしな」

 そこに落ち着いて、やっと片桐のネタが収束したような気分になる。南海さんは気を取り直すように「歌も楽しみにしてるよ」と楽しそうに笑う。

「南海さんのオメガネに敵うように仕上げますね」

「来週の土曜だったよな、こっそり見に行くとするよ」

「堂々と来てくれて良いんですよ?」

「いやぁ、若い子のライブで前に行けるほど若くないからな。後ろでのんびり聴かせてもらうよ」

 苦笑しながら答えた南海さんにそういうものか。と納得し、「それじゃぁ、今度はライブが終わった後にでも」なんてちゃっかり次の予定をほんのりだけでも口にするのだ。

「そうだな、それじゃぁまた、ライブが終わった頃に」

 南海さんも俺の言葉に同意をしてくれ、良かったら、と余ってしまったご飯をタッパーに詰めて持たせてくれた。

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