第18話 サッチモのお告げ

「あの、今の所全く私が呼ばれた意義を見出せないんだけどええっと……」

 片桐が携帯でミケちゃんと連絡を取ってから三十分程経った頃、丁度連絡を受けた時には暇していたらしいミケちゃんも合流し、街中にある喫茶店にある喫煙席の片隅で三人顔を突き合わせとところで、行き成り呼び出されたミケちゃんはそう口を開く。

「ミケちゃんの感性で! 今後のバンドの方針が決まります!」

「ヤだよ!? そんな責任重大な役!!」

 俺の言葉を即座に拒否するミケちゃんに、「行き成りそんなこと言われても困るよねぇ」と片桐は他人事としか思っていないような呑気さで同意する。

「もう俺一人で考えてたら多分夜が明けて夜が更けて更に夜が明けても何も浮かばない気がして来て……お告げ募集中ですンで、ミケちゃん並びに片桐! お前もだぞ!!」

 普段なら構成にこんなに頭を振り絞るようなことにもならない筈なのに、今回に関してはどんな構成にしてもしっくり来ない。前にやった時はもっとシンプルな構成だったけれど、それだけでは面白くないから、とフォーバースにした筈なのに、フォーバースはフォーバースで、イマイチしっくりこないのだ。

「ええー、私そんなにジャズ詳しくないよ?」

「右に同じくだね」

 俺からのアイデア料の前払いであるキャラメルラテとカフェモカをすすりながらテーブルを挟んだ向かいに座る二人は同じような言葉を続けて口にする。二人合わせて丁度千円、千円分のアイデアは出してもらうまで帰さない。

「でもミケちゃん映画結構見るでしょ? 映画音楽はスタンダード多いし」

 ちょっとでもいいから何か無いかな。と問えば、考え込んだミケちゃんの隣で「俺は映画もそんなに見ないしー」と片桐は呑気に笑う。

「片桐お前はバンド入ってるだろうが」

 そう言ってやれば「無理やり連れ込んだのは結城だろう?」と笑みを深めるのだ。

「そうじゃなくて、いやそうだけどさぁ!」

「バースとかやるとどうしてもごちゃごちゃしちゃうんだよな。やっぱり前にやったみたいにシンプルにした方が良いんじゃない?」

 片桐はそう告げて、その後は我関せずといった様子で細身のタバコに火を付ける。その隣でミケちゃんはうーん、と少しだけ悩んだ様子で口を開く。

「君住む街角ってアレだよね、マイ・フェア・レディーの。結構歌としての認識高いと思うし、下手にアドリブで崩すより、片桐君が言うようにシンプルにやった方が良いと思うなぁ……もし、それで盛り上がりが足りないなら歌ってみるのはどう?」

 結城君、歌もいけたよね? と彼女は俺に尋ね、俺はナルホド。と頷く。

「歌かぁ。今回は歌うって頭が無かったな。それもイイかも」

 俺が彼女の言葉に同意をしていれば「ルイだけに」と、片桐は俺の海の向こうでの名前を持ち出して煙の向こう側で笑う。その言葉にミケちゃんは首を傾げ、俺は「ルイ・アームストロングだよ。ほら、トランペット吹いて歌も歌ってたろ?」と解説を入れれば「アームストロングは知ってるけど、でも何で結城君がルイ?」と彼女の疑問の理由を告げられる。

「あ、そっちか。言ってなかったっけ? 俺のもう一つの名前。ルイ・イースデイルだからさ」

 彼女とは六年だか七年前に初めて会って、大学に入ってからまさかの再開を果たした間柄だったから、話しているかとばかり思っていた。そう答えれば、俺がアメリカに住んでいたことは勿論知っている彼女は「なるほど」と納得し頷いてくれる。

「そうだ、ミケちゃんも良かったら来てよ。来月の十一日、土曜の夜なんだけどもし暇だったら」と今度のライブの日程を教える。「そりゃもう、ぜひ!」とミケちゃんは笑って答え、片桐も「今度は全部スタンダードのど真ん中だから三上さんも知ってる曲多いと思うよ」と彼女の隣で笑う。

「あ、俺この後バイトだ」

 ふと携帯を見れば、そろそろバイト先へ向かわなければいけない時刻で。ヤバ、と思わず声が漏れる。「片桐、コンファメは今度二人でな。ミケちゃんもまた今度、学校で!」そう言い残して俺は店を出る。後に残った二人がこの後どう過ごしたのかは俺の知ったこっちゃない。

「あいつらもう付き合っちまえばいいのになぁ」

 ふと声に出した言葉に思わず一人で笑ってしまう。ミケちゃんの片桐への好意は丸わかりな程に、溢れ出ていて。片桐は気付いていないようだけれども、アイツだって嫌いな人間を隣に座らせるような奴じゃない。今度、ミケちゃんに人を好きになるっていうのはどういう事なのか、訊いてみたくなった。そんな事を考えながら、俺はバイト先への道を、楽器を抱えながら小走りで駆けていくのだ。

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