第17話 ああでもなければこうでもない
「ココでお知らせです、次のライブまでリハが今日を含めて残り五回となりました」
いつも通りの土曜の昼過ぎ、お決まりのスタジオに集まったバンドメンバー達に俺はそう告げる。年度がかわってから初めて全員が揃った今日、次に決まっているライブに向けて構成を整えて行こうと俺が独断と偏見で決めたセットリストを全員に配る。初めての曲は無いから演奏自体には問題は無いけれど、構成とアドリブで同じ曲でも違う曲になるのがジャズだ。持ち時間はだいたい一時間、演奏曲数はとりあえず六曲。明るい曲としっとりとしたものを半分づつ。その時その時でオリジナルとスタンダードを適当に混ぜるのがうちのバンドのやり方だけど、今回はスタンダードを中心に組む。流石にオリジナル曲をこれから書いて、あと五回のリハで完成させれる程、バンドにばっかり時間を割いても居られないから。久々にスタジオへ顔を出したバンド内最年少の馬鹿こじらせた高校生でもあるリョーマは「今回はシブく行く訳ね」と頷く。何でも高校の方でも年下の同級生からバンドに誘われていて、ロックはそっちでお腹いっぱいだとか。
「良いんじゃないか? バードランドで始まりバードランドで終わる感じ。ウチらしくて」
そう感想を述べるのはタァ兄。その両隣でアカネと片桐が頷く。
「あとはどう演奏するか、だよねぇ」
頷きながらも片桐は呟いて、「バードランドはいつも通りとしても、他はちょっと色々やってみたいスね」とアカネも誰に聞かせるでもなくそんな事を口にする。
「これはバードランドでばーんってやってコンファメでがーっっとしてから君住むまでそのテンションでどーんと」
「タァ兄、大阪のおばちゃんみたいになってる」
両手を動かしながら擬音しか使わない説明を口にするタァ兄にそう突っ込んでいれば、「でも君住むとジョージアの間は何か挟まないと曲調ガラッと変わるよね、結城ってジョージアとかあんまりアップテンポでやるの好きじゃないでしょ」と片桐が口を開く。
「そらみろ、だからまず三曲繋いでやって、残り三曲一気に行こうぜ」
片桐の言葉に我が意を得たり。と口端だけ上げて笑うタァ兄に「まぁそれは俺も思ってたけど」と悔し紛れに言葉を返して。
「まぁ、とりあえず曲と繋げるとこ決まったし、まずはセッションの感覚で一遍通してみようぜ」
こういう時の進行役はやっぱりタァ兄で。彼の鶴の一声でバンドはそのメロディーを紡ぎ始めた。
バードランドから始まって、コンファメーションに君住む街角と明るい三曲を繋ぎ、後半戦の我が心のジョージア、コーリングユー、そしてラストにバードランドの子守歌。セットリストに用意したのはその六曲。昨日の夜に一人で決めたけれど、メンバーに言っていない意図が一つだけある。南海さんが来てくれた時に彼ならきっとわかってくれるだろうと決めた曲目だ。順番も決めないアドリブは、視線が飛び交い、ちこちでタイミングを見定めるように試すような音が混じり合う。そうやってまずは二曲、毎度鉄板のバードランドとその次に入れたコンファメーションまで演奏して音は止まるのだ。
「バードランドはいつも通りにやるとして、コンファメはフォーバース入れたいな」
タァ兄の言葉に「あ、ソレ良いかも」と同意する。「でもチェイスでバトルするっていうのも面白くない? 片桐さんと結城さんでさ」とアカネが口を出せば「それはそれで面白そう」とは片桐の言葉だ。「バトルやるならコンファメのが良いよなぁ」そう呟きつつ思考を巡らせば、「じゃーさ、コンファメでチェイスして、君住むでフォーバースならどうよ」とリョーマがそう提案すれば、俺たち五人は「それだ!」と全員で同意する。
「じゃ、コンファメのチェイスはシュン坊と片桐クンで勝手に練習しておいてもらうとして、君住むの方を先にやるか。テーマやってシュン坊、リョーマ、片桐クン、アカネで回してフォーバース、後テで」
ここからああでもない、こうでもないと言いながら、三度連続で俺たちは君住む街角を演奏し続ける。どうにもしっくり来ない構成で、回す順番を変えてみたり、フォーバースの他にドラムソロを入れてみたりしても何だか違うのだ。ちなみにフォーバースの上にドラムソロはドラムばかりでお腹いっぱい過ぎて即座に却下だ。これは次回までの宿題で、と匙を投げた俺たちは、まだ合わせていない残りの三曲を撫でる程度に合わせてる。最後に、来週にはしっかり構成作り上げとけよとタァ兄から俺へお達しが下され、今回のリハは解散となった。本番まで、あと四週間。そして残りのリハすらもあと四回、だ。
「か、片桐ぃぃ~!」
各々が楽器を片付けそれぞれスタジオを出て行こうとしている時に、俺はキーボードを片付ける片桐を呼ぶ。
「……ナンダイノビタクン」
呆れかえった表情を浮かべながら、感情の一片も感じられないような声でそんな言葉を返す片桐に「この後付き合ってください!!」と拝めば「どうせ三上さん呼んでって言い出すんだろうから今呼んどくよ……」とため息交じりでポケットから取り出した、青いスケルトンの二つ折り携帯をパカリと開いた。
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