第15話 音楽の中で生き続けるという事

「お邪魔しまーす」

「どうぞ」

 そう言って数度目になる南海さんの家へ招き入れられたのは、結局とんぼ返りのような帰省になった数日後。約束のバターサンドにそっとジンギスカンキャラメルを添えながら、それらの品を彼へと渡す。

「あ、本当に買って来たんだ。へぇ、これがジンギスカンキャラメル……」

 南海さんはバターサンドよりもジンギスカンキャラメルの方に興味を引かれているようで、その箱をまじまじと見つめる。

「コレ、結局キャラメルなのか? ジンギスカンなのか?」

「ジンギスカンでキャラメルです」

 そう言えば、理解できないというように彼は眉をひそめる。「た、食べても大丈夫か……?」恐る恐る、というように俺に尋ねる南海さんに、勇気が出ればドーゾ。と促す。覚悟を決めたように外装を剥き、包み紙を剥がして躊躇せずそのキューブをひとつ、口の中へ放る南海さんは大変漢らしい。けれども、二、三回咀嚼したところで、へにょりと泣きそうな顔になり、その場から駆け出す。あぁ、やっぱりダメなタイプだったかぁ。と俺は心の中でだけ呟く。このマズイ事で有名なキャラメルは完全にダメなタイプと意外と行けると言い出すタイプに分かれるのだ。バードランドのメンバーで一度コイツを食べた時、片桐とリョーマが「意外と行けるね?」だの「思ったより全然」だのと言いだした時は残った俺を含めた三人が目を剥いた。

「何を思ってジンギスカンとキャラメルを組み合わせたのか理解が出来ない……」

「偶に行けちゃうタイプの人が居たりするんですけどネー。ささ、バターサンドで口直ししちゃって下サイ」

 行けちゃうタイプ、という言葉に眉を顰める南海さんに「うちのバンドのキーボードとギターは行けちゃうタイプの奴でした」と笑いながら告げる。

「嘘だろ……?」

 彼は信じられない。と言うような顔になってしまい、俺はそんな彼の表情に思わず吹き出す。「本当ですって」と言っても信じてもらえそうにない。

「そんな味オンチメンバーが居るバンド、バードランドのライブは六月の第二土曜なんですけど、よかったら……」無理やり話を変えるように、そう切り出してみれば、彼は一度立ち上がり、別の部屋に置いてあったらしい手帳を持ち出し、その予定を確かめる。「今の所何も予定は入っていないし、大丈夫だと思う」彼がそう答えれば、俺はライブハウスの名前と俺たちの順番時刻を伝える。彼は彼で「あ、そのハコなら知ってる」と言いつつ俺の伝えた情報を手帳に書き込んでくれる。

「バードランドって、バンド名?」

 ふと気付いたように訊ねる南海さんに「そーですよー」と答えれば、「やっぱりそこもレオから?」と更に重ねられる。

「南海さんには敵わないデスねー。本当はそうなんデス。俺以外のメンバーに鳥の名前が入ってるから、ってこじつけてるんですけどネ」

 タァ兄にも片桐にも伝えてなかったバンド名を決めた理由をこんなにアッサリ理解されて、思わず苦笑してしまう。それと同時に、この人は本当にレオを好きでいてくれているんだな。と、鼻の奥がツンとする。バードランド、というのはスタンダード曲であると同時に、レオが出した一枚目のアルバムのタイトルにもなっているのだ。


『レオはね、生き続けているのよ。彼の残した音楽の中に』


 母親のその言葉が、頭の隅で、響いたような気がした。

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