第14話 逃げ出した男は東へと

 結局、俺は次の日の朝早くにこの家を出て、昼には機上の人となっていた。圭兄さんから渡されたチケットとは違う航空券を咄嗟に買ってそのまま飛行機に飛び乗ったのだ。懐は痛いけど、それ以上にあの家に居辛かったのだ。南海さんと約束したお土産と、片桐へ渡す菓子だけは忘れず買い込み、俺は俺の家へと帰る為に帰路を急ぐ。到着地の空港で携帯の電源を付け、着信していたことを知らせる通知が何度も繰り返し俺のアイフォンを震わせる。その通知の番号を見なかった振りでポケットにしまい込んでから暫くすれば、その通知と同じ番号で俺のアイフォンは再び着信を通知する。寄りにもよって、空港から家へ帰ろうと電車に乗り込もうとした瞬間に、だ。

「何回電話掛けてんだよ。タァ兄」

 仕方なく電車に乗ることを諦め、ホームで電話を取り、相手であるタァ兄に文句を言えば、「行き成り帰るとか反則だろ!?」と電話口で叫ばれる。耳から携帯を離しながら「後ひと晩耐えられなそうだったから仕方ないよな!」とお茶らけた様に言ってみれば電話の向こうのタァ兄は押し黙る。「黙ってるなら切るよ」と更に重ねれば「わかった、俺からケイには話しとく。アイツ「駿クンが居なくなっちゃった!」ってうるせぇんだよ」と苦々し気な声が返される。

「あぁ……それは何というか、タァ兄ごめん」

「まぁしゃーねぇから許す。後でチケット代メールしてくれ。ケイに出させる」


 タァ兄は俺の返事も聞かずそれだけ一方的に言って電話を切る。何だかんだ言って本当面倒見良いんだよなぁ。一人苦笑しながら、航空券の値段をタァ兄にメールで送る。送らなかった所で、タァ兄は俺と電話が通じた時間から推測して乗った飛行機を割り出し、その金額を調べるタイプだ。割り出せなくても同じような値段のフライトを参考にして圭兄さんに請求しかねない。その検索の手間を省ける為にも、俺はそのメールを送らざるを得ないのだ。何故か解らないけれど、鷹羽家の隣に住む圭兄さんの幼馴染でもあるタァ兄は、俺があの家に住むようになってからずっと、全面的に俺の味方だ。圭兄さんも味方と言えば味方なのだろうけど、彼は彼で結局あのテンションだから圭兄さんからの防波堤みたいなポジションで居てくれる。進学先の大学を決めた最後の最後の一手は、タァ兄が住んでいる地域に近い場所だからというのもある。国内大学に進学しようとは思っていたけれど、その中でもいくつか候補があったのだ。その候補の一つが、タァ兄の住んでいる家と徒歩圏内だったのだ。そこが、今俺が通う大学なのだけれど。しまい込んだアイフォンが尻ポケットで震えるのに気付き、その通知を見れば。短く一言『了解。カツアゲてくる』とだけ。差出人は案の定タァ兄。この元ヤンこわい。なんて勝手な感想を抱いて今度こそ俺は電車へと乗り込んだ。

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