第10話 変わりゆく音

「タァ兄! 勘弁してよ!」

 結局今日も馬鹿拗らせたギター高校生がリハに来れないという事で、セッションをしようと集まれば、相変わらずスピード狂と化したタァ兄は無茶苦茶なハイテンポでドラムを叩く。せめて一曲目位はゆっくりやろうと最初に言ってもこれだ。最早〝在庫処理〟以外にも彼に何かあったのか。と勘繰るレベルだ。そんな苦言を呈されたタァ兄はシレっと「今日もリョーマ来ねぇんだから仕方ないべや。なぁ?」なんて片桐とアカネに同意を求める。片桐は笑って誤魔化すし、アカネも笑顔でスルーしていた。

「あぁもう分った分かった。次はおとなしくしてやるから……シュン坊の好きな曲選んで良いぞ」

 流石に同意を得られなかった事は判ったようで、タァ兄はおとなしく降参の素振りを見せる。そんなタァ兄や片桐、アカネに告げた曲名はつい先日一人で吹いていた曲。「アップテンポにしないで、しっとりと、しっとりとだかんな!」そう言って片桐に目配せをすれば了解、とでも言うように鍵盤を撫でながら即席のイントロをゆったりと奏ではじめる。そのイントロの終わりを片桐の視線から読み取れば、俺はそっとその曲のメロディーを片桐のピアノの旋律に乗せた。今回は、この間の様に音がひっくり返る事もなく、ピアノとサックスのデュオがその空間に響く。そうやってワンフレーズが終われば、ベースとドラムも入り、二回目のテーマを四人で奏でる。テーマを二回まわせば、俺のソロ。そうして良きところで片桐に視線を投げれば俺から片桐へソロが移っていく。そうして手持無沙汰になった俺はふと、耳と目線は曲を追いながらもこの曲について考える。レオの出した二枚目のアルバムの最後にそっと添えられたその曲。情熱的に「恋人になっておくれ!」と歌い上げる歌詞が付けられたその曲を、レオは彼の妻――すなわち、俺の母親と語り合うように奏でていた。それはまるで愛を語らうように優しく、そして激しく。そんな音を、俺も出してみたいと思ったのは、もう何年も前だけれど、未だに俺は彼らの音の足元にも立てていないような気がする。感傷に浸る一歩手前まで行けば、意識の奥でベースのソロが聞こえる。曲に意識と神経を戻せば、視線は俺に集まる。そしてアカネと視線を合わせて片桐を見遣れば彼は頷く。そうして曲はテーマへと戻っていく。最後のテーマをそっと吹き終われば、片桐が綺麗に締めてくれ、俺もほっと一息吐いてサックスをストラップから外し休憩のスタイルへ。

「そういやシュン坊何かあったか?」

 そう切り出したのはタァ兄。「なんで?」と尋ねれば「音が変わった感じがしたから」と返される。

「あ、それ俺も思いました」

「そうそう、優しくなったよね」

 タァ兄の言葉に口々に返すのはアカネと片桐。そんなに変わったかな。と首を傾げれば「知らぬは本人だけってね」なんて片桐が笑う。

「特に何かあったなんて事はないけどなぁ……あ、」

 その時に脳裏に浮かんだのは、静かに笑う南海さんの笑顔。そんな俺に残る三人はどうしたどうしたと異口同音に詰め寄ろうとする。

「いや、いや、何もないって」

 否定を重ねれば、「怪しいな」とタァ兄は悪い笑みを浮かべるし、片桐は片桐で訳知り顔な笑みで傍観を決め込む。

「何もないですし! この話は終わり! 今日のセッションも終わり!」

 これ以上この場に居れば、このまま根掘り葉掘り聞き出されてしまいそうだし、後ろでにやにや笑っている片桐が何を言い出すか分かったもんじゃない。急いで楽器を片付ければ「じゃぁ俺らはトリオで何かやろうか」とタァ兄が言い出していて、あとは片桐が何か言い出さないかどうかだけを心の底から祈るしかなかった。

「あ、来週の飛行機同じ時間の取ってあるからな。シュン坊お前逃げんなよ!」

 そそくさとスタジオを後にしようとした俺に、言い忘れていたと言うように声を投げるタァ兄。ゴールデンウィークに地元に帰るのは彼も同じで。「ケイにお前を引きずってでも家に連れてこいって言われてんだよ!」と続けられる。少しだけ複雑な〝実家〟の事情に心の中でだけため息を吐きながら「わかったよ!」とだけ返して俺はスタジオを後にした。

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