第6話 その音は繋がっていく
次回は再来週で。という日程が確定されて楽器も片づけ終わればぞろぞろとスタジオを後にする。タァ兄とアカネは楽器屋に行くと連れだって去っていき、俺も腕時計を確認すれば、一度家に戻れない程度には南海さんとの待ち合わせが差し迫ってる時間で。駅前の本屋に用事があるという片桐と連れだって歩きいていれば、近づく待ち合わせ場所に高鳴っていく動悸。
「やべ、何か緊張してきた……」
はぁ、と一息吐いていれば、そんな俺の様子を見て片桐は「なぁに緊張してるの。ライブの時だってそんな緊張しないクセに」なんて言いながらからかいの色を含んだ笑みを見せる。そんな片桐に「あれも緊張してるっつの!」と噛みつけば、ああ言えばこう言う、と笑って「適度な緊張は必要なんだろ?」と常日頃から言っていた俺の持論を重ねてくる。人がド緊張してるときにこうやってヘラリと笑うのはコイツの専売特許か。以前にもそう言ってやった事があるけれど、その時もコイツは変わらぬ笑みで結城もだろ。と返されたのだけれども。
「何かお前と口論しても暖簾に腕押しな感じがするんだよな……」
そう言ってため息一つこぼせば、「ソレを知ってて噛みついたんじゃないの?」とヘラリと笑って更には「ため息吐いたら幸せ逃げるよー?」とからかわれる。そんな片桐のつかみ所のない笑みを恨みがましく見遣れば、ホラ、もう目的地じゃない? と駅舎を指し示す。その指の先には待ち合わせの相手も立っており、俺は肩に掛けたサックスケースを掛け直し、思わず駆け出した。後ろでひらりと手を振り「いってらっしゃーい」なんて笑う片桐は見なかったフリだ。駆けて行った先には、今日も仕事があったのか三度目になるスーツ姿の南海さん。手には缶コーヒーが握られており、待たせてしまったかと「すみません! 待たせちゃいました?」と尋ねれば「大丈夫、そこまで待ってないよ」と彼はコーヒーを飲みながら笑ってくれる。彼がコーヒーを飲み切ったのを確認すれば、「行きましょうか」と声を掛け連れだって足を踏み出す。途中で南海さんは広場に設置されているゴミ箱に寄って空き缶を捨てることも忘れない。
俺が彼を連れて行ったのは、バイト先でもある落ち着いたジャズバーで。扉を開ければ話を通しておいたマスターがカウンター席に迎え入れてくれる。店内には聞き慣れたテナーサックスの音色が静かに響いていた。「ココ、バイト先なんデスけどねー、気のきいた店なんてココくらいしか知らないんで」と言い訳がましい事を言いながらお互い座れば、カウンターの向こう側に立つ初老に差し掛かったマスターが「客として来るなんて珍しいね」なんて笑う。マスターには「そーいうこと、バラさないで下さいよー」と言いながらも、南海さんには「ま、アレっすよ、今日は俺のバイト代から天引きされるんで好きに頼んじゃってくださいネ」とおどけて見せる。
「それにしても、今の学生ってこういう所でバイトするんだねぇ、俺は学生時代勉強ばかりだったからなぁ」
まずは一杯、とジントニックを頼んだ南海さんは感心したようにそう重ねれば、俺も「バーテンの真似事みたいな感じですケドね。たまにホールとカウンターの仕事をするついでに吹かせて貰ってるんスよ」と言いながら、ビールを頼む。頼んだ飲み物はすぐに目の前に用意され、小さく乾杯し、グラスの中身に口をつけていれば、彼は「そう言えば、何の楽器やってるんだっけ? そのケースだとサックス?」と傍らに置かれた楽器ケースを見ながら俺に問う。「あ、言ってなかったでしたっけ? サックスですよ。学外ですケド、アマでバンドもやってるんですよ」と答え、ロックだったりジャズだったり結構ちゃんぽんで色々やってるンですけどねー。と続ける。「今度聴きに来てくださいよ」と笑えば「それは是非」と彼も笑う。そしてグラスの中身を喉に流しながら、アレ? と声を上げる。そんな彼に首を傾げれば、続けられた言葉は「コレってもしかしてレオのアルバム……?」と、予想もしていなかった言葉。
「え、レオの事知ってるンスか!?」
思わず声を上げてしまう。確かに今店内で流れているのは十年以上前に出された〝レオ〟のアルバムに収録されているサニーで。だけれども、〝レオ〟が演奏活動をしていたのは十数年前の海の向こうだったし、日本では知名度が無いどころか、存在だって知られていない筈だ。「おひさまのような、あかるい、げんきな、きんぴかないろ、おまえの為にあるような言葉だよなぁ、サニーって」なんて笑っていた〝彼〟の声を思わず思い出して、言葉が次げなくなる。そんな俺の事は気にしていないのか、気づいていないのか、アルコールが入っていい気分になってきているのだろう南海さんは、「昔、旅行で行ったんだ。ニューヨーク。そこで偶然生で彼の演奏を見て」と〝レオ〟を知っている理由を教えてくれる。意識を遠くに飛ばしかけてた俺は、その言葉に現実に引き戻されて、取り繕うようにビールを呷りながら「じゃぁ、もしかしたらすれ違ってるかもしれないデスねー、俺もその頃そっちに居たんで。てか、アッチ生まれなんスよね」と少しカラ元気の入ってしまった声色で告げ、俺もよく行ってたんですよ、レオが演奏してたライブハウス。と重ねる。訳知り顔で笑うマスターはとりあえず放っておこう。
「すごいなぁ、レオの事知ってる人に会うなんて初めてだ」
そう告げる南海さんに、「俺もビックリしました」と返せば、お互い見合って笑ってしまう。彼にニューヨーク旅行の話を聞かせてもらいながら、酒のお代わりを頼めんでみれば、注文したものがすかさず出てくる。この時間は客が少ないからと、マスターはもう一人のバーテンに他の客の対応を任せ、ずっと俺たちの前に待機しているのだ。そうしていれば、南海さんは「そう言えば」と話を変える。
「バイトで演奏もやってるって言ってたよね? 聴かせて欲しいな、なんて……」
そう頼まれれば、やらないと言う意味はない。目の前に居るマスターに「一曲だけ、行けますか?」と尋ねれば、「丁度ピアノも居るし、君もサックス持って吹く気満々じゃない」と笑われた。「リハ帰りなだけですよ」とマスターには弁解し、南海さんには「ちょっと待っててくださいネ」と笑って席を立つ。
俺たち以外の客を対応していたバーテンを捕まえバックヤードに連れ込んで、「マスターの了承は取ったから!」と伴奏を頼む。彼は「仕方がないな」と言いながら演奏曲を尋ねる。俺もそれに曲名を答えて急いで楽器を組み立てて。その間にもピアノの彼は楽譜を用意し、バックヤードから店の奥に作りつけられた小さなステージへとスタスタと進む。俺もそれを追うように壇上に上がれば、店内に疎らにいる客に向かって「いつもはこの時間に演奏はしないんですけど、一曲だけ演らせてもらいますネ」と笑い、準備は万端だとでも言うような視線で俺を見るピアニストに目配せをした。ピアノが奏でるイントロは、さっきまで店内で流れていたサニー、その曲だ。
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