第5話 送られたメールと届いたメール
片桐の手によって送られたメールに、返信が来ないかと実はドキドキしていたその夜に携帯が着信を鳴らすのはバンドメンバーからの他愛ないメールとメルマガだけで。携帯の着信音が鳴る度に携帯に飛びついては肩を落とすという行為をひと晩続け、夜が明けて寝不足なまま大学に行っても思わずソワソワと携帯をチェックする。同じ授業を受けていた学科の友達からは「シュン君が携帯こまめにチェックしてるとか珍しいね」なんて言われてドキッとする。基本的にメールは一気に見て一気に返す派だった所為だ。「組んでるバンドの次のリハの日程、返信来ねーんだ」と誤魔化した。俺が学外で組んでるバンドを知っているその子は、そうなんだ。と納得してくれたようで人知れず胸を撫で下ろす。そんな事を半日位続け、次の授業まで少しだけ空いた時間を潰そうと一服する為構内を移動していれば、ジーンズの尻ポケットに突っ込んでいた携帯が震える。慌てて携帯を覗き込めば、名刺を貰ってすぐ携帯に登録した〝南海さん〟の文字。思わず「うぉっ!?」なんて声を漏らしてしまい、辺りを見回す。怪訝そうに声の発信源である俺を見る周囲を歩く学生達。彼らも携帯に反応しての声だったのだろうと当たりを付けたのかそのまま何事もなかったように各々の目的の方向へ歩いて行った。俺は俺で、暗黙の了解のように喫煙所と化している通用口の外で鮮やかな黄緑色のパッケージからタバコを一本取り出して、父親から譲り受けた使い込まれているジッポーで火を付ける。そうやって気持ちを落ち着かせてからもう一度、携帯と向き合った。実は片桐が送った文面は、何が書いてあるか怖くて片桐の口頭申告でしか確認できていない。だから、本当に何が書かれているのか分からないし、どんな反応が返ってきているかも分からなくて。ロングトーンのように長く息を吐いてから、意を決し俺はそのメールを開封する。そのメールの内容は、最初に受けた真面目そうな社会人という印象そのままで、顔文字とか使うの苦手そうだなぁなんてビックリマークすらも使われていない真面目な文面を見ながら思ってしまう。返信された文は概ねこちらに好意的な状況だけれど、文面だけではその真意はすべて把握することは出来ないし、してはいけないとも思う。だけど、俺はその文面にのっかる事しか今は出来ないし、通用口の横の塀に凭れながらタバコをふかしながら携帯画面とにらみ合いながら返信文について考えるしかないのだ。
結局タバコ二本を消費して考え抜いた文面は、次の土曜――明日の夕方に駅前で待ち合わせましょうというありふれた文面で、片桐に見せたらきっとダメ出しを食らうようなものになってしまった。片桐と俺が並べば俺の方がチャラいという評価を受けるだろうが、あいつの中身は色恋に強いタイプのフランス人だ。育った環境って怖い。だからこそ、攻めの姿勢でメールを送ったりするのだ。なんて小学生の年代までアメリカで育った俺が言う話でもないけれど。だって俺、アメリカで育ったといっても生まれたときから音楽漬けだったし。クラスの女子達より音楽に夢中だったし。そんなことを心の中で言い訳のように繰り返しながら通算三本目のタバコを灰皿に押しつけて構内に戻ろうとすれば、震える携帯。差出人は南海さん。内容と言えば、俺の提案に了承をするものだった。
「やっぱり来れなかったかぁ」
土曜の昼過ぎからは基本的に俺たちが組んでいるバンドであるバードランドの練習で。ここに来ていないギターの青年――了馬隼人について、片桐はスタジオのキーボードの調子を確かめながら笑う。
「それな。電話で「勉強したくない」とか未成年の主張を叫んでたから勉強しろって言っておいた」
片桐にそう返しつつ、俺もテナーを組み立てていればドラム担当のタァ兄――鷹晴巽がドアを開けて顔を見せる。その後ろには今日は気合いのウッドベースを持ち込んでいるベースのアカネ――茜千鳥が続いていた。
「また馬鹿が馬鹿拗らせてンすか?」
「リョーマはどうしてこう……また勉強会開催するかぁ?」
アカネとタァ兄がそんなことを話ながら各々の楽器のセッティングをして、さて合わせようといつもであればなるのだけれど、いかんせん今日はギターが不在だ。ライブは来月だし、今日は適当にセッションでもするか。なんてタァ兄が言い出せば俺を含めた他の面々もそれに同意して。じゃぁどれをするよ、と黒本をペラペラと繰ればタァ兄からの「スペインやろうぜ!」のリクエスト。ついこの間スペインをミケちゃんとやったばっかりの片桐は乗り気で、アカネも満更でもなさそうな顔。「ソレ、もうちょっと楽器暖まってからやりたいんだけど!」と俺だけが一発目のスペインに異を唱えれば、「チュニジアでも良いぞ?」とのタァ兄のお言葉。「テンポ早いの変わんないじゃん!」と更に異を唱えれば片桐とアカネからも異議有りの言葉が飛び交う。
「あーもーしたら酒バラならいいだろ酒バラ! ソレであったまったらスペインとチュニジア! ついでにクレオパトラにコンファメな!」
しょうがないとでも言うようにタァ兄はそう言って酒バラのカウントをし出す。酒バラの後に盛られまくったハイテンポ曲の山に異議は唱えさせないとでも言うように始められたセッションはテーマの途中でタァ兄によって倍テンを掛けられ結局凄まじいテンポで駆け抜ける酒バラとなった。何なんだこのスピード狂。謎のスピード狂と化したタァ兄によってテンポの早い曲が中心のセッションになった今日のセッションはタァ兄以外の俺ら三人からの陳情で最後はシックにスターダストで締められる。スローテンポのバラードを合わせ終わった後に、楽器を片づけつつ「何でこんなセレクトだったんだよ」と問えば、ゴールデンウィークに地元に帰る飛行機を確保したからとの答え。俺もよく知っているタァ兄の幼なじみによる在庫処理について考えたら気合い入れるしかなかったとの追加回答まで食らえば俺も思わず「あぁ……」と遠くを見つめてしまう。「俺も同じ時期に帰ることになったんだけど、圭兄さん、またやらかしてんの?」と問えば答えはイエス。何でも今朝当事者と電話をしたときにソレが発覚したとの事で。これじゃぁゴールデンウィークまでのリハはこのスピード狂に付き合わなければいけないな。と当たりをつけて、次のリハはリョーマに来てもらわなければまた同じ事になるであろう予測も出来てしまう。在庫処理、の言葉にタァ兄と俺を待つ近い未来を理解したアカネと片桐も納得の表情で、「とりあえず、来週はリハ無しで」と言った俺に異を唱える奴は居なかった。
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