第3話 偶然とは運命であるか否か。
偶然とは恐ろしい事で。俺がミナミさんと出会った翌日の夕方、俺は彼の姿を見つけてしまった。時刻は夕方、場所は近所のスーパーで。食品売り場に響き渡る独特であり個性的な、もしかすると個性的すら突き抜けて最早普遍的なスーパー特有のメロディーが鳴り響く中、その人は俺の姿を見て「あ、」と声を上げた。ざわついたスーパーの中でも彼の声は心地よい音で耳に届き、俺の足を止めるには充分なものだった。彼は昨日と変わらない少し小柄なその体にフィットしたスーツを着て、スーパーの買い物籠を片手にぶら下げた姿で、俺の目の前に立っており「やっぱり。君、昨日の学生クンだろ」と言葉を重ねる。
「あ、ハイ。ミナミさん、でしたっけ」そう言葉を返せば「あれ? 名前言ったっけ」と首を傾げられる。
「芳野教授が言ってたんで。ミナミくんはいい音を作るだろって」
説明をすれば、彼は「ナルホド」と納得する。「それより、ミナミさんこそよく俺なんかのこと覚えてましたね、あの時ちょっとしか話してなかったのに」
「講堂の入口でボケーッと立ってるとか珍しい子だなって。それにその頭、目立つし」と染めているわけではない金髪を指し示されれば俺も彼と同じく「なるほど」と頷き、思わず二人で笑ってしまう。
「……ソレ、もしかして夕飯?」
笑っていた彼の視線は気付けば俺の持っていた籠の中に注がれる。籠の中身はと言えば、ストック補充の為の酒、つまみ、どうせ消費されるだろうと突っ込んだスナック菓子の不健康三拍子。確かにコレが夕飯であれば俺も同じような事を訊いてしまいかねない。「まっさかー」と笑い、俺は言葉を繋げる「そんなわけないじゃないですか! これから夕飯を選ぼうと思って……シーフードヌードルとチーズカレーヌードル、どっちが良いですかねぇ?」
「俺はチーズカレー好きだけど……って、カップラーメンが夕飯なのか?」
訝し気に問う彼に「俺、壊滅的に料理出来ないんで……」と自慢にもならない申告をすれば、「それにしても他にあるんじゃ……」と一人呟くようにもごもごと言葉を噛みしめ、なぜか自分の持つカゴの中身を確認した彼はおもむろに「うち、来るか?」と思いがけない一言を投げてくる。そんな思いがけない言葉に頭がついていかない俺は「へ?」と間の抜けた声で返してしまい、彼は彼で「まともなモン食わないとダメだ、まだ若いんだから」と畳みかけてくる。その勢いに押されて「は、はぁ……」なんて気の抜けきった返事をする俺に気付いた彼は、「あ、迷惑だよな。一度会っただけのよくわかんない奴がオヤジ臭い説教してんじゃねーって。ごめんな、気にしないでくれ」と自嘲気に笑う。そもそもご飯以前に彼に、と言うよりも彼の調える音に興味があった俺はその申し出に食いつくしかないと、「むしろありがたくご飯が頂きたいです!」と身を乗り出して返事をした。
そんな食いつき方をした俺にミナミさんは噴き出し、俺も釣られて笑ってしまったその数分後には、ミナミさんの運転するフィアットの助手席に収まり、そこから更に数分後には彼の住むマンションの居間に座っており、その後ろのキッチンではミナミさんがごはんを作っているというミラクル体験をしている。とりあえず目の端にチラつくアップライトピアノが気になってしょうがない。彼の所有するピアノということは彼の手によって調えられた音がそこにあるということで。弾いてくれないかな、なんて思いながらもそんな事を悟られないように付けられたままのテレビに流れるバラエティー番組を見て笑っておく。そんな風に時間を潰していれば、トレイを持ってミナミさんが現れる。そのトレイの上には洋食屋で出てくるようなとろとろとしたオムライスとお椀によそわれたコンソメスープ。
「こんなもんしか出来ないけど、カップラーメンよりはマシだろ」と話しながら目の前に置かれたそのオムライスに息をのむ。無言だった俺に「オムライス、苦手だったか?」と不安の色を滲ませた声色で問われれば、「まさか!」と思い切り首を横に振る。「寧ろ好物! 何でこんなにとろっとろなの!? においだけでもうウマそうなんだけどっ! 店のオムライスみてぇ!」思わず興奮を隠せずそう告げてから、彼がどう転んでも年上である事に気付き、「……デス、」と取って付けたように語尾を発する。ミナミさんは安心したように「それはよかった」と笑って、盆の残りを俺の隣に置いて、彼自身も隣に座る。男二人が並んで座って黙々とオムライスを掻きこむ状況は目の前のバラエティー番組も相まって大変シュールな気もするけれど、まずはこのオムライス、すごくウマい。トロトロの半熟卵に絶妙な塩気のチキンライス、デミグラスソースに絡まった卵と米が絶妙にウマい。こりゃ、片桐越えだな。と心の中で傲慢極まりないジャッジをして残りのオムライスも勢いをつけてガツガツと掻きこむ。美味い。そんなこんなでお互い無言で飯を食べ終われば、ご飯を食べる、という大義名分であったし、話が弾むこともなかったお陰で、ここでお開きに、という話になる。そりゃそうだ。と心の中で思いつつも、玄関先で俺を送り出してくれようとしていたミナミさんに「メシ、有難うございました! すっげぇ、ウマかったです」と頭を下げる。玄関の段差のお陰で、身長差がなくなっている為に、頭を上げればミナミさんと視線がぶつかる。
「そりゃよかった……あんな料理でよかったら、また食いに来いよ、若い奴がカップ麺ばっかりじゃ不健康だろ」と思わず口に出してしまったらしい彼に、俺は思わず次回に期待してしまう。次回こそピアノを弾いていただきたいところだ。そして、そこで連絡先が分からない事を思い出したらしい彼はワイシャツのポケットから名刺を取り出して俺に差し出す。携帯番号とメールアドレス、そして彼の名前。「有難うございます。ミナミって、ナンカイって書く南海なんですね」俺も連絡先を渡そうとカバンからペンケースを取り出し、メモ用紙に電話番号とメールアドレスを書いて渡す。「コレ、俺のケー番とメアドです」そのメモを受け取ってくれた南海さんは「ありがとう」と笑って、「ええと、」と思案顔になる。そういえば名乗ってなかったな、と思い出し「結城駿介です」と名前を名乗る。「ユウキくんな」と笑顔を見せる。スーパーで会ったときから思っていたけれど、南海さんって笑うと可愛い。童顔なのだろうか。
「それじゃ、俺帰りますね! 本当に今日はご馳走様でした!」とドアノブに手をかければ、「送らなくても大丈夫か?」との申し出。大丈夫ですよと笑って「俺のアパート近所なんスよ」と付け足す。
「それじゃ、また連絡します!」有難うございましたァ! と最後にもう一度お礼をし、ドアを開ければ、最初に逢った時と同じように、彼は綺麗に笑ってひらりと軽く手を振ってくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます