第2話 ジュ・トゥ・ヴのメロディーによせて。

 授業を終え、近くのスーパーで今日食うかどうかもわからない菓子と飲み物、ついでにそういえば切らしてたな、と滅多に吸わないタバコを買って家へ戻れば、その後すぐに片桐がやってくる。「ちょっと料理運ぶの手伝ってよ」と片桐にこき使われて彼の作ったオードブルが俺の家に運ばれる。「流石片桐、見た目からして美味そうだ」と称賛すれば「ピアノよりも料理人の方が合ってたかな」と冗談を飛ばしながら笑う。クシャクシャの癖毛は小さなゴムとピンで纏められてこざっぱりした片桐は普段のもっさりした姿は何なんだと問い質したくなるような爽やかな青年に変わっているけれど、料理とケーキを家に運び終えればいつも通りの片桐に戻るのだ。

「ケーキの気合入り具合、すごいな」

 片桐が持ってきたホールケーキを見ながら思わずそう告げると、片桐は「茜くん直伝だからね」と笑って部屋に掛かっている壁掛け時計に視線を投げる。時刻は夕方五時五十分。「三上さん、俺の家は知ってるし、部屋番号は教えたからちゃんと来れると思うよ」と片桐は俺に話す「流石仲良しだなぁ。そういやミケちゃんに住所教えてなかったと思ってたんだ」そんな事を話していれば、部屋に鳴り響くドアベル。慌てて扉を開ければそこに立っているのは予想と同じくミケちゃんの姿。「ようこそー」と部屋に招き入れて、とりあえず飯だ! と片桐の作った料理を腹へ納めようと俺は腕まくりをする。


「今日はご馳走様! アルバムもありがとう!」

 ひとしきり食べて飲んで話した俺たちは、ケーキまで無くなった所でミケちゃんがそろそろ遅いし。と離脱した。俺は以前ミケちゃんに話していたアルバム――ローランド・ハナ・トリオのクラシック曲をジャズアレンジして演奏しているアルバムを忘れず渡し、片桐は暗いから彼女を家まで送っていくと一旦部屋を出て行ったその間に、俺は三人で食べて飲んだ残骸を片付けていく。軽いパーティーになるだろうという俺と片桐の予想により、その食器の殆どを捨てられる物にしたお陰で、ゴミ袋へ残骸を投げ入れていく作業だけで済んでいた。数少ない普通の食器を洗い、テーブルを水拭きしているタイミングで片桐は帰ってくる。「どうせ無くなってるしょ?」とコンビニ袋を掲げて見せる中身はビール。「さっすが片桐サマ」俺は俺でふきんをキッチンへ戻すついでに流し台に置いておいた灰皿を持って戻る。俺の手にある灰皿を目敏く確認した片桐は、すかさずポケットからタバコとマッチを取り出し点火する。俺も今日買ったタバコの封を開けてジッポーで火をつけた。お互い片桐が買ってきたビールを片手に煙を吸い込み、そして吐き出す。お互いにそんなことを繰り返してれば片桐がふと思い出したように口を開いた「そういや、何でおれらの所来たの? メールで事足りるじゃん」と。

「何でだろ、落ち着きたくて?」と返せば、「何で疑問形なの」と突っ込まれる。

「だって俺にもよくわからないし」

「何それ」

 まぁいいや、と片桐は手に持った缶の中身を喉に流し込む。それからまた他愛もない話やバンドの予定を話していれば、夜も深い時間になって「そろそろ戻ろうかな」と片桐は欠伸交じりに立ち上がる。

「おー、おやすみ」

 俺の言葉を背中に受けて、片桐は俺の部屋を出て行き、部屋に一人になった俺もベッドへと向かう。もぞもぞと布団の中へ入り、ベッドサイドに置かれた音楽プレイヤーを操作して、何となく流すのはサティのジュ・トゥ・ヴ。耳に心地いいピアノの音を聴きながらも、俺は〝みなみさん〟の調えていたあの音を思い出していた。

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