第69話 夏の夜

 1日目に行われた、1年生男女の競技の予選は半分の対戦カードを2日目に残して、無事終了した。

 東京魔法高校は、男子が予選を突破し、良い流れに乗って2日目の女子の予選を迎えることができる。交流戦3連覇に向けて、幸先良いスタートを切れたと言えるだろう。

 既に夜も更け、この日競技があった学生も、なかった学生もそれぞれ思い思いの時間を過ごしていた。

 蒼真はというと、宿舎を出て夜空を眺めながらベンチに座っていた。

 宿舎の中にいれば、直夜や佳孝に話しかけられ、ゆっくりと過ごすどころではない。1人でリラックスするため、いち早く静かな夜道へ逃げてきたのだ。

 そんな彼に近づいてくる、1つの影があった。


「結城、こんな夜更けに散歩か?」


「部屋は騒がしくて、なかなか落ち着けないんです。赤木先輩はランニングですか?」


「日課でな」


 黒いランニングウェアに身を包んだ一彦の額には、汗が滲んでいた。


「……そういえば、『七元素』に目をつけられているみたいだな。前夜祭の時、かなり目立っていたぞ」


「あそこまで派手なことになるとは思っていなかったんですけど……。チームの皆さんには、ご迷惑をかけることになりそうで、申し訳ないと言うか……」


 完全な蒼真の失態というわけではないが、結果として刹那からの敵視を受けることになったのは事実である。

 蒼真も、多少なり責任を感じていた。


「気にするな。総合優勝を目指すのなら、アサルト・ボーダーでの優勝が重要になってくる。結城の件がなかったとしても、『七元素』との対戦は避けられない」


 些細なことでも、一彦は後輩への気遣いを忘れない。こういったところが恵との大きな差であろう。もしも恵が彼と同じ立場だったならば、蒼真と会うたびに刹那との言い争いについてイジっていたことだろう。


「名古屋校の『七元素』といえば、今日のシェパード・ボールに出場登録変更で、1人出場していたな。観てきたか?」


「はい。今日の予選は、3試合全て観てきました。東風は、『七元素』に恥じない実力でした。1人だけ突出していましたね」


「そうか。……お前の考えでいいが、うちの学校に勝算はどれくらいあると思う?」


 一彦は東京魔法高校の選手代表であり、東京校の選手達を統括する立場にある。

 彼は自分の競技に力を尽くすだけでなく、総合優勝に向けた作戦立案などにも関わっており、各競技の状況を頭に入れておく必要があった。


「そうですね……。順調にいけば、名古屋校と対戦することになるのは決勝戦ですが、そこで勝つのは難しいと思います」


「その根拠は?」


「名古屋校は東風涼のワンマンチームで、彼を止めることが勝つための条件ですが、それができる選手はほとんどいません。全員で守備に徹して止めることが出来たとしても、今度は東風の守りに阻まれて得点できないでしょう」


 蒼真の脳裏に浮かぶのは、直夜の姿。

 守ることに特化した彼ならば、涼を止めることも可能かもしれない。

 しかし、攻撃に転じることができない。

 直夜の持つ最大の攻撃魔法——身体性質変換・槍形態は、直接攻撃が禁止されているこの競技では使えない。

 使えたとしても、強力なこの魔法の余波で周りにいる選手を敵味方関係なく巻き添えにしてしまうことだろう。


「そうか。お前が言うほどだ、勝てる算段は立たないか……。まぁ、『七元素』を相手にする以上、想定内のことではあったがな。後輩達には、できる限りのプレーを期待するほかないな」


 一彦は、ランニングの休憩がてら蒼真の横に座る。

 2人は目を合わせるわけでもなく、正面を向いたまま会話を続けた。


「名古屋校は、アサルト・ボーダーにも『七元素』が出場するが、対策はできているのか? 今日、実際に同学年の『七元素』の実力が見れたことで何か感じたりしたのか?」


「シェパード・ボールとは、ルールが違いますし、一方的な展開にはしません。会長や、東風の力を見てきましたが、『七元素』であっても全く手がつけられないわけではないと思っています。ただ、名古屋校とは1回戦では当たりたくないですね。1度は雷電の戦闘スタイルも見ておきたいですし」


 蒼真が今想定しなければならないのは、「七元素」と相対した際に鬼人化を使わずに勝つ方法である。

 鬼人化を使わない彼の実力は、「七元素」の面々に劣る部分がでてくる。

 総合力では秀でる蒼真であっても、一分野に特化した「七元素」は強敵である。

 だが、この交流戦は相手に重大な障害を残すような魔法を禁じられた競技であり、団体戦だ。蒼真1人で戦うわけではない。

 彼の隣にいる一彦もそうだが、東京校のメンバーには、他校と比べても実力のある学生がおり、チームの平均的な力ではトップクラスだ。

 蒼真を目の敵にしている炎珠も、「副元素」としては強力な部類に入る。


「雷電をマークするのはもちろんですが、確か土の『七元素』もアサルト・ボーダーに出てくるんですよね」


「大阪校だな。本当に厄介な世代だよ、お前達は」


 前年度の交流戦では3位だった大阪魔法高校だが、土の「七元素」——土岐岳ときがくの入学もあり、今年の優勝を視野に入れている1校だ。


「結局のところ、どちらの『七元素』と対戦することになったとしても、重視すべきは各チームのNo.2の実力ですね。エースを最大限活かせる選手がいるだけで、攻略は何倍も難しくなります」


「その点、東京校は安心だな。結城、お前の力は俺が認めている。俺達は、『無元素』だなんだと言われることもあるだろうが、周りの声など気にせず戦え。声から逃げる事だけはするな。黙らせるに足る結果を見せつけてやろう」


 一彦はベンチから立ち上がると、ストレッチをしながら少しずつ離れていく。


「結城、期待しているぞ。おれたちあの力で東京校を優勝に導こう」


「……はい」


 一彦の勝利への気迫のようなものが見え、蒼真は驚きを隠せなかった。

 普段の一彦は生徒会のストッパー役であり、冷静沈着かつ聡明な人物という印象を誰もが持っていた。

 そんな彼でも、やはり最後の交流戦は特別なものなのだと蒼真は再確認させられた。

 恵にしても一彦にしても、2連覇してきている学校を率いるわけであり、その責任感は大きい。


「俺はまたランニングに戻るが、結城も来るか?」


「いえ、俺はそろそろ部屋に戻ろうと思います」


「そうか。なら、また明日だな」


 ランニングを再開し、走り去っていく一彦。

 その背中からは、闘志が感じられた。

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