第68話 シェパード・ボール

「嘘だろ……こんなのにどうやって勝てって言うんだよ……」


 観客席から聞こえてくるのは、ため息、そして絶望感を含んだ話し声。

 大勢の目の前で行われた、シェパード・ボール第1試合はあまりにも力の差を見せつけられるものとなった。

 ほとんどのプレイヤーはボールに触れることすら叶わず、完封された。それも、名古屋校の東風涼1人により。


「どうなってるの!? あの東風って人も、目隠しをしてるんでしょ!? それなのに、何であんなことができたの!?」


 信じられないものを見たリサが、思わず声を上げる。

 試合中、涼はボールの位置、そして相手がどこにいるのか見えているかのように、魔法を使い、走り、空までも飛んだ。


「詳しい原理まではわからないが、風属性魔法を使っているのは確実だろうな。空気の流れを読めるのかもしれない。それに、それほどの技術があるなら、司令塔がいなくても自分で考えて動くだろうし、名古屋校の攻略はなかなか難しいぞ」


「やっぱり、『七元素』は凄いね。直夜は勝てるのかな……」


「まずは今日勝たないと、次以降の試合もないわ。名古屋校の対策を考える前に、まずは目の前の試合の応援をしましょう」


 第1試合のどよめきが収まりきらない中、第2試合に出場するヘッドギアを装着した選手達が競技場へと入場してくる。

 シェパード・ボールは目が見えない中動き回るという、危険が伴う競技であるため、防具の装着は必須である。

 選手達は、各自のポジションにつき次第、目隠しをして開始の合図を待つ。

 プレイヤーとして参加している直夜は、ゴール前の守備要員を任されている。

 彼ならば、高い身体能力を活かして攻守どちらでもこなすことはできただろうが、所属する東京校チームには他校と比べて「副元素」が多く、攻撃力は申し分ない。

 前評判でも、優勝候補の一校に数えられている。


「始まるわ!」


 席から身を乗り出してリサが言う。

 競技場内に、選手達の気迫、緊張感が広がっていく。

 一瞬の静寂の後、競技開始を知らせるサイレンが鳴り響いた。

 3チームの間に落とされたボールは、それぞれのオフェンス役プレイヤーの魔法により不規則な動きを見せる。

 その制御を奪い取り、いち早く主導権を握ったのは東京校のプレイヤーだった。


「あれだけ魔法が乱発してる中で、ボールが取れるのは凄いね。先制点は取れそうだね」


「いや、そうとも限らないぞ。今のは『副元素』の魔力量を利用した力技みたいなものだからな、あんなことを続けていたらすぐ魔力切れでバテることになる。相手が強くなるほど通用しなくなる方法だぞ」


 蒼真の読み通り、東京校はゲームを有利に進めながらも得点に結びつかないという、むず痒い展開となっていた。

 ボールの制御をし続ける学生の中では、疲労の色を見せる者も出てきた。


「ねぇ! ソーマなら、どうやって勝つの!?」


 膠着した展開に少し飽きてきたのか、リサの口数が増えだす。

 志乃がこの場にいれば、上手く彼女の意識を逸らして周りの迷惑にならないように努めるのだろうが、今その役割ができる人間は限られていた。


「俺なら、か……そうだな、カウンター狙いで守備に徹するだろうな。第1試合の東風みたいに、圧倒的な実力があるオフェンスがいるなら、ボールを集めて得点を狙うこともできるが、今の疲れてきたチームでは大量得点するのは難しいからな。逆に、あまりプレーに参加していない守備陣の体力は有り余ってそうだ」


 蒼真の言葉を聞き、修悟とリサは自陣ゴール前で立ち続ける直夜に目を向けた。

 いつボールが飛んできてもいいように、軽く体を動かしている。


「まぁ、流石にこの試合は勝てるだろう。1点も取れないほど、実力が無いチームでもないようだ。それに、少しのリードさえあれば直夜がゴールを守りきれる」


 蒼真は自分が所属するチームであっても、色眼鏡をかけて評価するようなことはしない。

 希望的観測もしないし、あくまでも彼が見える情報を加味した上で結論を導き出す。

 多くの観客が見守る中、終始東京校が優勢なまま試合は進んでいった。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


「お疲れ様。凄い活躍だったね」


「目隠ししたままあんなに動き回るんですもの! 驚いたわ!」


 試合が終わり、蒼真達が競技場の外に出たところで、合流してきた直夜に労いの言葉をかける。


「最後にあんなに攻めて来られるとは思ってなかったからちょっと焦ったけど、なんとか守りきってやったよ」


 東京校のピンチは、試合終了間際に訪れた。

 魔力、体力、集中力が切れ始めた攻撃陣の隙を突いた猛反撃が始まったのだ。

 直夜は、それをほぼ1人で防ぎ、得点を許さなかったのである。

 魔法を使った、高速で飛んでくるボールを素手で簡単に受け止め続ける直夜を、相手チームは破ることができなかった。


「1勝できたことだし、次は準決勝ね。初日で負けて、交流会を寝て過ごすようなことにならずに済んでよかったんじゃない?」


「嫌な言い方するなよ。名古屋校とやるまで負けられないだろ。運が良いのか悪いのか、もう1回勝たないと戦えないけどな」


 予選では、毎試合の終了後に準決勝の対戦相手を決める抽選が行われる。

 AとBの対戦カードが用意されている準決勝であるが、名古屋校がAグループ、東京校がBグループと別れてしまい、直夜と涼の直接対決は決勝戦までお預けとなっていた。


「まぁ、相手は『七元素』だからな。準備期間が長いに越したことはない。それに、奥の手くらい用意してるんだろ?」


「蒼真には隠し事なんて、できないもんだなぁ」


 思わず直夜は苦笑いを浮かべた。


「通じる保証はないけど、一応あるにはある。『七元素』を相手にするなんて、今まで経験もないし、どうなるかは本番までわからないけど」


「練習に付き合ってやろうか? 対東風用の策なら、良い練習相手を見つける方が大変だろう」


「いや、今はまだ1人でやらせてくれよ。本当にダメそうなら、自分から助けを呼ぶからさ」


 こう言われてしまえば、蒼真が手伝おうとするのは無粋というものだ。

 直夜も、蒼真が手伝いを申し出るのは、自分を甘やかそうとしているのではなく、純粋な優しさであることはわかっている。

 人の優しさに甘えることは心地よい。だが、そのぬるま湯の中で浮かんでいるだけでは衰えを迎えるだけである。

 直夜は、日々成長し続けなければならない。

 それが蒼真の「守護者」となる命が下った瞬間から、自らに課した枷であった。

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