第70話 ウィッチ・クラフト①

 交流戦2日目。

 この日、蒼真は東京校に貸し与えられた会議室へ呼び出されていた。

 彼を呼び出したのは恵であり、他の生徒会役員とウィッチ・クラフトに出場する魔法担当のメンバーが集まっていた。

 ウィッチ・クラフトは全学年の女子選抜による競技であるため、部屋内の男女比は著しく偏っている。男子が蒼真、一彦の2人に対して、女子が9人である。(各学年2人づつに加え、この競技に出ない恵、香織、いろはの3人)

 女性過多な環境に置かれているだけで動揺するほどの可愛らしいメンタルなど、どこかへ捨ててきてしまった男子2人であるが、女性陣から蒼真へと向けられている生暖かい視線で、少々居心地悪く感じていた。

 この視線の理由は言わずもがなである。


「どうかしたの、蒼真君? 何かあったなら、お姉さんに話してみる?」


「何ですか、そのキャラ付け……」


 ニヤニヤと笑いながら後輩をイジるという、凛々しい会長のイメージとは程遠い恵の姿がそこにはあった。

 蒼真も、刹那との言い争いがあった時からこのことは予期していた。

 蒼真と志乃が生徒会に入った時から、新しいおもちゃが手に入ったイタズラ好きの子供のように目を輝かせ、事あるごとにふざけた態度をとる光阪恵という魔法使いが、この機を逃すはずがなかった。


「ねぇ、蒼真君の周りにはいろんな女の子がいるけど、やっぱりあの黒髪の可愛い子なの? この島にも一緒に来て、仲良くしてたもんね。ねぇ、どんな関係なの? 友達? 彼女? 婚約者?」


「落ち着いてください。ここに呼んだのは、そんな話をするためではないですよね」


 話が脱線する以前に、初めから別方向へ走り出した暴走列車恵号をあるべき位置へ戻すべく、蒼真は冷静に対処しようとした。

 しかし、この程度では暴走する彼女は止められない。


「そんなのは後でもいいの。まだ時間はいくらでもあるんだから。それよりも、今は1人の女の子を取り合うために、『七元素』とでさえ争う蒼真君の話が聞きたいな」


「後でもいいわけないでしょう。交流戦の期間はかぎられているんですよ。何のために集まってると思っているんですか。他の選手の皆さんも……」


 周りを見渡すも、蒼真の味方になってくれるような者は見つからない。

 色恋話は高校生女子の好物であり、燃料なのだ。


「赤木先輩からも、会長に言ってもらえませんか? あの人を止められるのは、先輩くらいです」


「……もう少しだけ頑張ってくれ」


 蒼真は隣に座る一彦に助け舟を乞うも、肝心の助けは得られなかった。

 ここで一彦が蒼真サイドに立ったところで、2対9。数の力は絶対だ。


「それで、どうなの? ほら、いろはちゃんも気になるよね?」


「そうですねぇ。あの結城君が女の子を侍らせながら、飛行機から降りてきた時はびっくりしましたしねぇ。面白い話が聞けそうですし、私は会長の味方をしますねぇ」


 その後も、蒼真の味方になる者は現れず、恵の熱が冷めるまで彼への質問攻めは続いたのであった。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


「一段落ついたことだし、そろそろ本題に移りましょうか」


「……」


 落ち着きを取り戻した恵が、何事もなかったかのように仕切り直した。

 男子2名の、彼女に向けられる冷ややかな視線は完全に無視している。


「今日集まってもらったのは、ウィッチ・クラフトの対策の為よ。それじゃあ、あとはお願いね」


「はい、光阪さん」


 恵からバトンを受け取り、話を進めるのはウィッチ・クラフト魔法班のリーダー、3年生の吉川美樹よしかわみき。魔法の実技試験では際立った成績は残せていないものの、座学の試験では好成績の良い頭脳明晰な学生である。


「私達の競技のお題が、昨日の開会式の後に発表されたんですけど、チームメンバー以外からの発想も欲しくて、光阪さんに生徒会の皆さんを集めて貰いました」


 ウィッチ・クラフトで完成品として発表するマシンの製造場所は決まっている。機体の組み立てや、魔法陣の構成もそこで行うことがルールに含まれている。

 しかし、製造場所外での行動については厳しく論じられているわけではない。この競技には抜け穴が存在するのだ。

 現に、各校ではウィッチ・クラフトで高得点を取るために出場学生以外も募って、頭を悩ませている。

 公平性に問題があるように思えるが、運営側はこのルールを改めようとする動きはない。より良いマシンが開発されることに大きな利点があるからだ。

 各校が作り上げたマシンを発表し、順位が決まる日には、大学や自衛隊関係者だけでなく魔法関連の企業の開発担当者なども訪れる。

 そこで企業の利害と合致する作品があれば、その企業を通じて機体の改良、さらには商品化まで目指すことができる。

 既に、過去の交流戦で発表された物が数点であるが市場に出回っている。


「今年のお題は、『災害用機材』です。昨日のうちに少しだけメンバー間で話し合ったんですけど、具体的にどういった切り口で作り始めるのかが決まってないんです」


「災害用ね……。地震に水害、あと火災とかいろいろあるけど全部に対応できるようにって考えたら、なかなか難しいわね」


「それに、救護用やインフラ整備用……。用途も1つには絞りきれんぞ」


 ここにきてようやく真剣に頭を使い始めた恵。

 その彼女の能力を存分に発揮させるためにサポートするのが、生徒会に所属してからの一彦の役目だ。


「それじゃあ、何でもできるようにいろんな種類の魔法陣を作って組み込めばいいんじゃないですか? って言うか、アタシ達がいたらマシンなんていらなくなると思うんですけど」


「たくさん魔法陣があったら、少なくとも『副元素』くらいの魔力量がないと動かせませんよぉ。それに、考えてみてくださいよぉ、香織さん。私達でも、大災害が起こったら1人ではどうしようもないと思いませんかぁ?」


 香織は地頭はいいが、自分の興味のないことには集中力が長続きしない。そして、話を逸らそうとすることも少なくない。

 やはり、それをどうにかできるのは長年連れ添った仲でないといけないのかもしれない。

 その後もさまざまな案が出されたものの、最終的な決定には至らず、翌日に持ち越しとなってしまった。

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