第66話 B-403号室

 前夜祭が終わった翌日の午後から、交流戦はさっそく始まる。

 そのため、翌日の競技に出場する選手やサポーターは前夜祭の楽しい雰囲気の余韻に浸る暇なく、ギリギリまでの調整を行うことになる。

 蒼真が出場するアサルト・ボーダーは交流戦の目玉競技であり、交流会期間の終盤になるまで彼の出番はない。

 だが、彼と同じ部屋で寝泊まりする他の2人はそうはいかない。

 今も翌日の初戦に向けてのチームミーティングが行われており、部屋に戻ってきたのは蒼真1人である。

 蒼真と同じ部屋に割り振られたのは直夜、そして彼らとはクラスメイト同士でもある三隅佳孝みすみよしたかだ。

 1-Aでは、炎珠が中心となり学生が集まった「不知火派」なる派閥ができている。

 クラスの大半が属する派閥であるが、佳孝はクラスの中では珍しく不知火派には入っていない。

 普段は部活仲間や先輩の元で、縦のつながりを作っているようだ。

 不知火派に対して、彼らと不仲である蒼真達は誰が呼び出したのか、「結城派」などと呼ばれている。もちろん、蒼真や直夜が考えたわけでは無い。

 かと言って、結城派と呼び出した人間をどうこうしようという意図は彼らにはない。呼びたいのなら呼ばせておく、それ以上に干渉をするのは時間の無駄だということを彼らは理解している。


「ふぅ……やけに長いミーティングだったな……ヨシもそう思っただろ?」


「いや、ミーティングは大事だろ。ちゃんと準備しておかないと負けちまうぞ」


 ベラベラと仲良さげに話しながら部屋に戻ってきた直夜、佳孝を蒼真が迎え入れる。

 教室でこの2人が話す姿はあまり見られないが、意外と話が合うことをクラスメイトはほとんど知らない。

 直夜と佳孝が話すようになったのは、直夜が高校内の施設であるトレーニングルームに行くようになってからだ。

 蒼真達の家には、いつでもトレーニングができるように地下室に機器が揃っているため、学校のトレーニングルームを直夜は使うことがなかったのだが、蒼真や修悟を待つ間の時間潰しとして訪れたのが始めである。

 部活の一環として利用していた佳孝は、異常とも思えるほどの負荷をかけながら楽々とトレーニングに励む筋骨隆々の同級生に興味を持ち、話しかけたことから2人の交流が始まった。

 今では、互いをナオ、ヨシと呼び合う仲である。


「ナオ、仮に勝ち上がったらどこかで『七元素』のチームと戦うことになるんだろ? わざわざ登録変更までするって、一体何をやったんだよ」


「俺も気になるな。俺がいない間に何があったのか」


「あー……あれか……」


 試合前日の緊張感はどこへやら、同室の3人は前夜祭の騒動の話題に花を咲かせながら、簡単なトランプのゲームに興じていた。


「蒼真がいなくなってから、あの『七元素』の2人が白雪の所に来て絡み出したんだよ。それを自分と澪で止めに入ってたら、リサがヒートアップして後ろからやいやい口出ししてきてさ。まぁ、そのあと志乃に止められてたんだけどな」


「だから珍しく静かだったんだな。あんなことが目の前で起こっていたら、真っ先に飛んで来て、場を荒らしそうだとは思っていたが」


「2人共、輝山さんの評価が酷いな……明るい人だとは思っていたけど……」


 佳孝には酷く聞こえた言葉だったが、蒼真達は悪気を持って言ったわけではない。

 人には良い点だけでなく、悪い点も必ずあり、それを含めて1人の人間として形成される。

 リサの性格なども全てひっくるめて彼女の魅力である。


「まぁ、そのリサが言ったことに乗っかる形で煽ってみたら、東風の方がターゲットを自分に変えてきた」


「煽るなよ。『七元素』に喧嘩吹っかけて勝算なんてないだろ」


「そんなことはない」


 佳孝の弱気な発言に、すぐさま蒼真が反論する。

 力の無い「無元素」が「七元素」に勝てるわけがないという佳孝の考えも蒼真は理解できるが、なぜか彼は反論せずにはいられなかった。


「確かに『七元素』は強い。そんなことは常識だ。だが、魔法なんてものがある以上、絶対は有り得ない。魔法は空想をも現実にできる力だ。それに、たかが数100年の歴史しかない力なんて、いくらでも新しく書き換えられる」


 蒼真は最強ではない。

 大衆の前で鬼人化を封じられた状態の彼の魔力量は、「七元素」と比べると劣る。

 直夜と同じように、彼もまた「七元素」と戦うことになってしまった今、勝つための道を模索しなければならない。

 何よりも大切なことは、相手よりも自分が劣っている点を正しく理解し、それを補完するだけの策を練り上げることだ。

 そして、その策は16歳にして壮絶な人生経験を積んできた蒼真に分がある。

 幼い頃から裏社会に両足を突っ込み、海外の組織と殺し合いをしてきた高校生など、どこにもいないだろう。


「蒼真の言う通りだ。試合が終わる瞬間まで諦めずにやれば、どこかに勝機はあるはずだぜ。それに、自分達には鍛えた身体がある!」


 蒼真の言葉に呼応して、直夜は立ち上がると拳を天へ突き上げた。

 半袖シャツから覗く腕は、高校1年生とは思えないほど太く、力強い。

 大柄かつ屈強な直夜、ラガーマンのような肉体の佳孝、そして細身に見えるが常人ではついていけないほどのトレーニングをこなす蒼真と、この部屋の筋肉密度は島中でもトップクラスであった。


「それなら結城君、ちょっと相談に乗ってくれないか? 少しでも東風涼に対抗できるような策を一緒に考えてほしい。ナオも頼むよ」


「ごめん。今、蒼真の力は借りたくない。これは東風と自分の喧嘩みたいなものだからさ。それに、いつまでも蒼真に頼り切りになっているわけにもいかないから」


 そう言い残すと、直夜は部屋を出てランニングに出かけた。


「……大丈夫だと思うか? 相手は『七元素』だというのに、1人で立ち向かうのは……」


「心配ない。直夜は馬鹿なように見えるが、それは思考を俺達に任せて放棄しているからだ。自分の力で考えだせば、案外うまくいくかもしれないぞ」


 蒼真は知っている。直夜がこれまで学んできたことを。幼い頃から共に叩き込まれてきた知識を。

 蒼真は知っている。直夜が努力の天才だということを。

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