第65話 雷と氷と鬼

 会場へ戻ってきた蒼真は、壁際で集まっている直夜達の元へと近づくにつれて、やけに人の密度が高くなっていることに気がついた。


「通してくれるか。友人を待たせている」


 蒼真は人混みをかき分けながら進むと、見知らぬ膨大な魔力を2つ感じた。

 よく見てみると、その魔力は直夜と澪の前に1つ、白雪の前に1つと別れて立っていた。


「ほら、前夜祭だし楽しくいたいんだ。良ければ交流会後も親密になりたいところだけどね」


「しつこいですよ! もうやめてください!」


「嫌がっているのが見えないか? これ以上は近づくな」


 白雪の前に立つ男子学生が彼女の肩へ手を伸ばしたが、その手を蒼真が振り払う。

 そのまま彼は白雪の体を引き寄せ、自らの陰に来るように間に入り込んだ。


「誰だい? 俺は今、彼女と話をしているんだが?」


「一方的につきまとうのを話と呼ぶのか。変な文化圏で生きてきたみたいだな」


「挑発的だね。『七元素』相手に対した態度だ。その勇気に免じて、名前でも聞いてあげよう」


「人に名を聞く前に、自分から名乗れと『七元素』では教わらなかったのか? 魔法に長けているとは聞くが、礼儀はあまりよく知らないみたいだな」


 蒼真は自分でも不思議なほど、怒りを表に出していた。

 その原因となったのは、白雪の不快そうな顔。そしてこのような状況を防げなかった自分だ。

 たとえ澪やリサ、志乃が彼女と同じ状況になったとしても、蒼真は同じように怒ってみせただろう。


「……いいだろう。俺は雷電刹那らいでんせつな。名古屋魔法高校1年。『七元素』雷電家の跡取りだ。ほら、次は君の番だ」


「東京魔法高校1年。結城蒼真だ」


「結城、か。聞いたことのない名だけど、その名前、覚えておこう。でも、俺達の間に入り込んでもいいことにはならないよ。一体、君達はどういった関係なんだい?」


「わ、私の大切な人です! それに、あまり蒼真さんのことを見くびっていると、痛い目をみますよ。優れているのが『七元素』だけだと思い込まないことです」


 蒼真の後ろからではあるが、声を上げた白雪を見て、澪、志乃、リサの蒼真への白雪の恋心を知る者達は思わず息を呑んだ。

 だが、白雪の「大切な人」という言葉は彼女達と蒼真や直夜では捉え方が違い、白雪の本意は運が良いのか悪いのか、目の前の蒼真には伝わることがなかった。


「君のような美しい人に慕われているとなると、何か秘密でもあるのか疑いたくなるね。それに、『七元素』を名乗る以上痛い目を見るなどと見くびられるのは心外だな」


「事実ですから。『七元素』が優れた一族なのは認めていますが、その血の上で胡座をかいている人達と、私達は違います」


「おい、もうその辺にしておけ——」


「美しいだけでなく、気も強いとはますます俺の好みだよ」


「お前もいつまで言っているんだ」


 はじめは蒼真の後ろに隠れていた白雪だったが、今は彼が落ち着かせないといけなくなるほどヒートアップしている。

 蒼真自身、少し頭に血が上り熱くなっていたはずが、白雪の姿を見て冷静さを取り戻していた。


「そうだ。結城、君はアサルト・ボーダーに出場するんだろう? 彼女を懸けて俺と勝負をするというのはどうだい?」


「乗りました! どんな勝負でも、蒼真さんが勝ちます!」


「待て、落ち着け。勝手に話を進めるな」


 蒼真をもってしても止められない白雪。彼女の暴走を止められる者など、もはやこの場には存在しなかった。


「ほう、自信が無いのかい? 彼女にここまで信頼されていながら、『七元素』相手は怖いか?」


「そうは言ってないだろう。ただ意味もなく、相手に恥をかかせる趣味が無いだけだ」


「恥をかかされるのは君だと思うけどね。ともかく、俺が君に勝てば氷雨さんには俺とデートしてもらおう。それでいいね?」


「望むところです」


「だから、何でお前が返事をするんだ……。まぁいい。これ以上話していても結論は変わらないなら、相手くらいしてやる。だから、今日のところは引け」


「わかったよ。でも、簡単に勝てるとは思わないことだね。名古屋校のチームは『七元素』のタッグだからね。——こっちに来てくれ、りょう。そんな『無元素』に構っていても時間の無駄だろ」


 蒼真との対決を取り付けた刹那は、直夜と言い争いを続けているもう1人の「七元素」と思しき膨大な魔力を持つ少年を傍らへ呼び寄せた。


「東京校にはあの赤木一彦さんと『副元素』がいるようだけど、俺達雷と風の『七元素』2人を相手にして——」


「あー……俺、アサルト・ボーダーに出るのやめるから」


「……はぁ!?」


 突然の相方からの出場辞退宣言に、刹那は顔に似合わない間の抜けた声を上げた。

 この状況を生み出した当の本人、東風ひがしかぜ涼は何食わぬ顔で頭をかいている。


「競技1つ勝つのに『七元素』が1人いれば十分だろ。アサルト・ボーダーは刹那に任せるわ。それに、俺に生意気な口利きやがったあいつを叩きのめすには、同じ競技に出ないといけないだろ」


 涼が指差した先には、馬鹿にしたような顔、動きで彼を煽る直夜がいた。


「……はぁ、仕方ないな。せっかくの機会だったから、同じ競技に出たいと思っていたけど、よくよく考えてみれば、『七元素』2人が同じ競技に出るのは相手が不利すぎる」


「味方に『七元素』がいないと、蒼真さんと戦うのは不安ですか?」


「面白いことを言うね。でも、問題は無いよ。俺は強いからね」


 少々ハプニングがあったものの、刹那の自信は揺るがない。

 これは「七元素」の魔法使いのほとんどに言えることだが、他者とは異なる自らの圧倒的な能力を彼らは理解している。

 そして幼い頃から埋め込まれてきた「七元素」の特別な価値観は、負けることを知らない彼らにとって、変わりようのないものであった。


「では、氷雨さん。交流会が終わり次第、迎えに来るから待っていてほしい。きっとその時になれば、君の考えも変わっているよ」


 白雪に微笑みかけると、刹那は涼と共にこの場を去って行く。

 彼らの後ろ姿を見ながら、蒼真はまた面倒事に巻き込まれてしまったことに頭を抱えるのだった。

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