第64話 交流戦前夜祭
蒼真達、各校生徒会役員の1年生で用意した会場は数時間前とはうって変わって、大変な賑わいを見せていた。
交流戦で行われる全8種目の競技に出場する選手達、そしてサポーターが集結しているのだ。
デザインの異なる18種類の制服が入り乱れる。こんな光景が見られるのも交流会ならではだ。
「よっ、蒼真。すぐ見つかってよかった。ところで、ここでは飯は食えないの?」
「飯の時間は後だと聞いてるだろ。今は我慢しておけ」
周りの学生と比べてみても、頭が半個から1個近く抜けている直夜は、このような人で混雑している時の目印にはうってつけである。
目立つ彼の元へ東京校のいつものメンバー、そして白雪と真凛が合流した。
だが、そこには修悟の姿はなかった。
彼は選手に選ばれていないため、直夜達と共に島へ来ることはできない。
あくまで前夜祭は、交流戦に挑む選手とサポーター達のための催しなのである。
「それにしても、本当に人が多いわね! 少しでもぼーっとしてたら、迷子になっちゃいそう!」
「それなら手を繋いでおく? でも、リサといたら私まではぐれちゃいそう」
「それは幼馴染の責任ということで、頑張ってください」
リサは派手な金髪で目立っているが、本人は身長が低く、彼女からすればこの状態で志乃や澪を探すのは至難の技である。
結局、リサがはぐれてしまわないように壁際に移動した上で白雪、澪、志乃の3人で彼女を囲む形に落ち着いた。
「これなら誰も迷ったりしないでしょう。……もうすぐ開会の挨拶があるみたいですよ」
会場の前面に据えられた、一段高くなっている舞台に1人の女性が登る。
彼女は東京魔法高校の生徒なら見覚えのあるはずの人物だった。
「どうも、東京魔法高校校長の木戸きどです。交流会開会の挨拶ということで立たせていただいていますが、私自身は魔法使いとしては優れた者ではありません」
校長、木戸翔子しょうこは眼鏡の位置を直しながら話を続ける。
この挨拶も彼女にとっては2年連続となる。
去年のことを覚えている2、3年生もいることだろう。
「元自衛官という経歴はありますが、交流戦のような行事を通してスカウトされたわけでもなく、普通に受験して防衛大に通いました。それ以前に、交流戦に出られるだけの実力もありませんでした。そんな私が魔法高校の校長となり、ここで挨拶をしているのだから自分でも不思議な気分です」
自虐的な笑みを浮かべる翔子だが、経歴を生かした人脈は広く、教育者としての手腕は高く評価されている。
「私が言いたいことは、人生とはどこでどう転ぶかわからないということです。この交流戦で活躍し、今後の進路や就職を有利にしようと考えている学生もいるかもしれませんが、一時的な輝きなどはほとんど意味をなしません。大切なのは、今の一瞬ではなく、未来で何を成していくかということです。それを頭の隅にでも置いておいてください。では、皆さんの全力プレーを楽しみに見させていただきます。これにて、開会の挨拶とさせていただきます」
会場中からの拍手を受けながら、彼女は舞台から降りた。
「なぁ蒼真、あの校長が元々自衛隊にいたって知ってた? ……あれ、どこ行った?」
蒼真に話しかけようと直夜は横を向いたが、翔子の挨拶前までは確かにいた彼の姿がなくなっていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「お久しぶりです、お2人共。直接会うのは3年ぶりくらいですね」
「そうだね。時々連絡は取っているとはいえ、こんなに間が空いているとは思わなかったよ」
前夜祭会場から少し離れた廊下で、蒼真は2人の学生と向かい合っていた。
緑色の校章が胸元で映えている。
この2人は
蒼真の昔からの知り合いということは、彼らも例に漏れず裏社会に通じる者である。
東北生まれ、東北育ちの術師にして、三大妖怪の最後の1種、天狗の能力を持つ双子だ。
瓜二つの顔立ちで、顔だけを見て2人を判別できる者はほとんどいない。
だか弟の和徳は黒髪、兄の崇は赤のメッシュカラーが入った髪をしているため、それで覚えている同じ高校の学生や教師もいる。
「今年の夏はなかなか大変だったみたいだな、蒼真。手伝いに行ってやれなくてすまなかった」
「いえ、最後には全て片付いたので。それに、あれは俺達京都の術師が解決しないといけない問題でした」
京都を襲った「死招蜥蜴」の事件は、収束後に「月の忍び」を通して結城家の協力者である、彼ら鞍馬家に伝えられていた。
「まぁ、終わったことにどうこう言っても仕方ない。それより、聞きたいのは『王戦』とやらのことなんだが……」
「兄、その話は後にしよう。話すなら、稲荷さんもいる時じゃないと。それに防音対策はしているとはいえ、この島には手練れの魔法使いが集まってるし、いつ誰に会話が盗み聞きされるかわからないよ」
この場にいる3人は魔法使いとしても、術師としてもかなりの実力者であるが、同じ建物内には「七元素」、「副元素」、さらには全く無名のダークホースも紛れている。
光魔法を破ることに長けた恵のように、一芸に特化した魔法使いがいれば、どれだけ強固に作り出した結界であっても破られることもあるだろう。
純粋な魔法使いの技術や魔力量の差だけではわからない相性というものも影響してくる。
「それで、前夜祭の途中で俺を呼んだのはなぜです? 事件や例のことを聞きたいのなら、別に今でなくても良かったと思いますが」
「……交流戦中、『七元素』には十分警戒しておいた方がいい。特に、火村……それに闇斎に」
崇の口から出てきた火村という名前。
火の「七元素」であり、火村家の人間が自衛隊の統合幕僚長、魔法幕僚長を務めることがほとんどである。
そのためか、火村家の人間は軍人気質だという評判が世間に広がっている。
蒼真達のような裏社会の術師にとって、問題となってくるのは、この逢羅成島が魔法自衛隊管轄の場所であるということだ。
派手な行動は「七元素」に筒抜けになる危険性がある。
「この島は言わば火村家の箱庭みたいなものと捉えておいた方がいいでしょう。問題は闇斎家です。交流会参加者のリストには闇斎の名前はありませんでしたが、当主の情報すら掴めないくらいです。警戒するに越したことはありません」
「そういうことだから、くれぐれも能力を使うんじゃないぞ。お前は俺達とは違って、姿形が変わっちまうんだからな」
蒼真は頷き、それから時計を確認した。
前夜祭も中盤に差し迫る頃合いだった。
これ以上遅くなると、彼と共に前夜祭を楽しむつもりだった白雪達に申し訳が立たない。
「そろそろ戻りましょう。続きの話はまた後ほどで」
会場まで戻ってきた蒼真と鞍馬兄弟は、それぞれ別の扉から中に入り、友人の元へ向かっていった。
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