第63話 狐の手

翌日、午前中の交流戦打ち合わせを終えた蒼真は前夜祭の準備に駆り出されていた。

 広い会場にテーブルを運び、まるで社交界でも行われるのかと思うほどの仕上がりだ。

 蒼真の他にも、他校の生徒会からも1年生が派遣されている。

 来年、再来年と各校の生徒会を担うことになる彼らが協力することは、未来を見据えた大切な交流機会となっていた。

 任された仕事である準備を完了した彼らは、他校の学生に話しかけたり、同校の学生と休憩している。

 蒼真はというと、志乃と白雪、そして白雪と同じ京都校生徒会の一年生の女子と共に過ごしていた。


「結城蒼真さんですよね! はじめまして。京都魔法高校生徒会庶務の獺越真凛おそごえまりんです。お噂はかねがね会長や白雪さんから伺っています」


「獺越……確か、稲荷さんのところの……」


「知ってくださっているんですか!? 光栄です!」


 獺越家は葛葉家傘下の術師一家である。

 ただ、結城家でいうところの茨木家、百瀬家のような側近ではなく、配下の中でも序列が高いわけではない。

 そのためか、蒼真、稲荷、光のような術師界でもトップカーストに位置する人物を英雄視している節がある。


「蒼真君って、そんなに有名なの? 京都校の会長さんとも知り合いみたいだし」


「過ごしていた環境が少し普通とは違う実感はあるが、俺自身は別に特別とかではないはずだ。獺越もそんなにかしこまるなよ、同郷のよしみで普通に接してくれると助かる」


「は、はい! よろしくお願いします!」


「蒼真さん……自覚がないみたいですけど、あなたは十分特別な側ですよ……。蒼真さんが普通の魔法使いなら、私達は一体何になるんですか」


 そう言う白雪も、蒼真以上に特別な素質を持っている人物である。それ以前に、術師として裏社会に少しでも関わっている時点で普通の魔法使いとは言えないだろう。


「ま、まぁ特別だとか特別じゃないとかは置いといて、せっかくだし仲良くしましょうよ。交流会は年1回しか開かれないんですし、前夜祭も交流戦も皆で楽しみましょう!」


 話題を変えようと、志乃が手を叩いて話し出す。蒼真を前に、ガチガチに緊張してしまっている真凛も会話に参加できるよう、積極的に話すチャンスを作ろうとするのは、彼女が持つ委員長気質によるものといったところだろうか。


「交流戦と言えば、白雪と志乃は同じ競技に出るんだったな。ルールを読んでみたが、交流戦期間中のほとんどを使うみたいで大変そうだな」


「でも、運動が必要になる競技ではないので、私でも体調を崩さず参加できるんじゃないかと会長から勧められたんです」


 白雪と志乃が参加する競技の名前は「ウィッチ・クラフト」。

 魔法の意味を持つwitchcraftと、技術や工芸といった意味を持つcraftから名付けられたこの競技では、交流戦初日に発表されるお題についてマシンを作り、動かすための魔法も同時並行で調整することが求められる。

 マシンの設計開発は魔法工学科から集められた学生が取り組むことになるが、競技の肝となる魔法部分に白雪と志乃は携わることになる。


「この競技に選ばれてから、過去のお題を見たり、使われていた魔法の勉強をしたりしたけど、私で務まるのかずっと不安に感じちゃって……」


「わかります。それに、1年生で勉強する範囲以外の知識が必要なのも、前もって準備しておかないと知れませんでした」


 魔法高校のカリキュラムは、各校ごとに少しの違いがあるが、大部分は同じである。

 彼ら1年生が入学してから学んできたのは、魔法の基礎的な知識だ。応用に入るのは夏休み明けからになる。

 しかしながら、基礎知識のみでは複雑な魔法を作り出すのは難解である。

 そのため、蒼真や白雪のように幼い頃から魔法の知識を詰め込まれるなどという特殊な家庭環境になかった一般の学生は、自力で新たな知識を取り入れなければならなかった。

 たった1競技にそこまでの勉強量が必要なのかと、交流戦に関係のない人々は思うだろう。

 だが、交流戦を優勝するためには「ウィッチ・クラフト」という競技は重要な役割を持っている。

 交流戦の花形競技は1から3年生の男子がチームを組んで争う「アサルト・ボーダー」であり、その激しさから獲得点数が高く設定されている。

 同じように女子がチームを組んで挑むのが「ウィッチ・クラフト」だ。機体を作り上げる技術力、そして魔法に対する知力が問われるこの競技も、1位になることで他校から大きなアドバンテージを取ることができる。


「でも、始まる前から緊張していても仕方がないですね。前夜祭の頃には澪ちゃん達も着きますし、みんなで集まれたらきっと楽しいですよ。真凛さんも、もちろん一緒ですよ」


「えっ、そんな恐れ多いです! 結城家の方々に私も混ざるなんて——」


「そんなの気にしないでいいんです。優しい子ばかりですから」


 白雪の提案に、真凛が慌ててしまうのも仕方がない。

 妖狐の一族、葛葉家に属する彼女が鬼の一族、結城家の集まりに参加しようというのだ。

 しかも、低域の序列の彼女と最高幹部クラスの白雪達だ。

 交流会という機会、それに白雪と同じ生徒会役員という立場が無ければあり得ない事態である。


「1人増えても大丈夫ですよね、志乃ちゃん。リサちゃんは人が多い方が楽しめそうですし」


「私達は大丈夫だけど、獺越さんはいいの? 京都校の人達と一緒にいる予定とかあったら、無理矢理引き留めてるみたいで気が引けるというか……」


「予定……私は会長に付き従うだけですので……」


 真凛にも友達がいないわけではない。

 だが、彼女は神の如く崇めたてる稲荷の荷物持ちや、諸々の世話を買って出ているため、周りの学生からは稲荷の側付きのように見られており、彼女自身も友達よりも稲荷のことを優先してしまう節がある。


「なら、大丈夫そうですね。真凛さんが私達と行動することは、私から会長に伝えておきましょう」


 そうこうしているうちに、時間は刻一刻と過ぎていく。

 早いもので、交流戦の選手が乗った飛行機の第一便が到着した。

 全員が揃い、日が沈めば、交流会中のビックイベント——前夜祭が始まる。

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