第57話 塒
「光の魔力が落ち着いてきたな。向こうの仕事は終わったみたいだぞ」
「俺達が人形の駆除をやってる間に、若者は元気に残業なしですか」
蒼真達とは別に「銜尾蛇」を追っていた謙一郎と正親は、敵の目や耳となり得る細工の施された人形の破壊のため、駆け回っていた。
「というか、よく光の魔力を感知できましたね。結界の中に入られたら、魔力なんて遮断されるでしょうに」
「俺の十二天将との共鳴だ。詳しくは言わん」
陰陽師が使役する十二天将は1つではない。
光には光の、正親には正親の十二天将が存在し、自力で屈服させなければならない。
だが全く異質なものとも言えず、それぞれの十二天将の間で微弱な繋がりがある。
それを利用して魔力の感知を行なっていたのだ。
「今は人形の破壊が優先だ。これが最後の1個だぞ。早く終わらせろ。俺も残業は嫌いだ」
「はいはい。でも、1つ試したいことがあるんで、それだけやっときます」
謙一郎は手に持ったクマのぬいぐるみを地面に置き、頭に手を当てると、魔力をかけて魔法陣の解析を試みた。
だが、それを拒否するようにぬいぐるみから火花が散り、ぬいぐるみ自身の手で謙一郎の手を払い除けた。
「やっぱり出てくるよな、『銜尾蛇』!」
ゾクリと鳥肌が立つほどの不気味な魔力が謙一郎を包み込む。
即座に彼は鬼人化することにより、その魔力を振り払った。
額から伸びる一本の角。そして、元々筋肉質であった体がさらに力強さを増し、皮膚は黒々と染まった。
謙一郎の鬼人化の色は黒。白鬼に次ぐ強さを誇る黒鬼である。
自己再生、魔力の大幅な向上が主な能力である白鬼に対し、黒鬼は身体強化が主な能力である。
魔法抜きの単純な攻撃力、防御力のみならば白鬼を上回る。
それに加えて自身の高い戦闘センスもあり、数多くの敵を葬ってきたものだ。
そんな謙一郎が危険と警戒する相手。
彼の後ろで控えていた正親も、いつでもぬいぐるみを破壊できるように攻撃の体勢を整えていた。
「おいおい、随分な挨拶じゃないか。6年前はこんな魔力を感じなかったぜ」
『6年前……ああ、あの頃の。その節はすみませんでした。お詫びと言ってはなんですが、当時の首領、先代は殺しておきました』
「殺しただと!?」
流暢に話された日本語、謝罪の言葉、それ以上に2人を驚かせたのは、先代首領を殺したとまるで何もなかったかのように淡々と述べられたことであった。
「とんだ親不孝者だな」
『そうでもないでしょう。最期に自分よりも圧倒的に強い子供に完膚なきまでに抑え込まれ、自分よりも組を支配できるとわからされたのですから。優れた息子を作り出した事を誇ってほしいくらいですよ。日本のことわざで……鳶が鷹を産む、でしたっけ? 育てた鷹に殺されるのなら、鳶も満足でしょう』
「死んで喜ぶかよ。親ってのはな、生きて見届けてやりたいもんなんだよ」
『それはご立派なものですね。あなた方の子供もさぞかし素晴らしく育っているのでしょうね』
ぬいぐるみはケタケタと身を震わせながら笑う。
可愛らしいクマの顔の奥に、確かな邪悪が潜んでいた。
「ああ、俺の息子は強いよ。お前よりもな」
『それは楽しみだ。いつか殺す人間の1人に数えておいてあげましょうか』
「おい、ちょっといいか」
ここで、正親が謙一郎とぬいぐるみの間に割り込んだ。
術師組合の会長としての立場がある以上、ただの傍観者ではいられない。
「術師を束ねる者として、聞いておきたいことがある。お前に京都に攻め入る意思はあるのか?」
『……《銜尾蛇》にとって、京都を手に入れるのはデメリットが大きいですからね。こちらの兵力にも限りがある。海を越えてまで、そちらの方士と削り合いをするのは割りに合いません』
「で、お前自身はどうなんだ? お前1人だけで来ても、ある程度の勝算くらいはあるだろ」
謙一郎も横から口を出す。彼に黙ってじっとさせておくことは困難である。
『それがわかっていながら聞きますか。面白い人だ、黒鬼。……先代は日本の方士に興味があったみたいですが、私はたった3人とコンタクトを取れればそれで良いと思っています。まぁ、急がずともいずれ出会う運命にありますし、無理に行動を起こす理由もない。つまり、私は京都に手出しするつもりはありません。もちろん、あなた方が無駄に向かってこなければ、ですがね』
「ここまで聞いておいてなんだが、俺としても話を鵜呑みにするわけにもいかなくてな。過去の事例がある以上、最大限の警戒はさせてもらう。お前の人形は全て破壊させてもらう」
正親は札を1枚取り出し、ぬいぐるみに貼り付けた。
そのまま魔力を込めると、札が発火し、クマのぬいぐるみはチリチリと燃え始めた。
「お喋りの時間も終わりだ。何か言い残すことはあるか?」
『そうですね。……近いうち、数年のうちに世界は変わるでしょう。国内の問題に目を取られていたら、足元を掬われるかもしれませんよ』
糸屑すら残さずに、ぬいぐるみは燃え尽き、それ以上声が聞こえてくることはなかった。
「——っはぁっ……はぁ……」
張り詰めていた空気が解け、謙一郎と正親は息を吐き出し、その場に座り込んだ。
これまでの人生で1番と言っていいほどの緊張感に支配されていたのだから、無理もない。
「……謙一郎。お前なら、どうしていた?」
「どうもこうもないでしょう。迎撃でもしろって言うんですか」
引き攣った笑い顔で謙一郎は無理に軽口を叩く。
だが鬼人化を解くのも忘れ、冷や汗を流すその姿からは冷静さは感じられない。
「新世代の台頭か。俺達に出来ることは、もうほとんど残っていないのかもしれないな」
魔法使いの急速な変化が生まれつつあるのを正親は感じていた。
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