第56話 光の戦い
時は少し遡り、場所は山の中。「全能の陰陽師」土御門光は「死招蜥蜴」の薬物倉庫を視界に捉えていた。
「なるほどなぁ。簡易的な小屋を入り口にして、地下に魔法を展開してるわけやな」
魔法大学に通っていないとはいえ、光も魔法には精通している。特に、結界術と関わりのある空間を作り出す魔法なら尚更である。
「ほな、早よ終わらせよか。先輩として、蒼真らより時間かけるわけにはいかんよな——太裳」
光が呼び出した新しい式神。彼が使役する十二天将の1柱「太裳」。手のひらに乗るほど小さい、人型の式神だ。
その能力は他の式神をコントロールする力の強化である。
いくら光の実力が高いとはいえ、用心に越したことはない。彼の普段の性格とは打って変わって、戦闘に関しては堅実に勝利を収めようとする姿勢は、本当に心を許した者でしか見ることはできない。
光は太裳を肩に乗せ、大量の紙人形を取り出す。
それらを一斉に解き放つと、白い波が木々の間を通り抜け、結界を張るための数枚を残して全てが小屋の中へ吸い込まれていった。
「意外と広いもんやな。三流の魔法使いにしては上手いことやってる」
式神との視覚の同調により、光は倉庫の中を隅々まで読み解いていく。
蒼真と稲荷が担当している「死招蜥蜴」の司令部には大勢の人間が集まっていたが、この倉庫には10人ほどしかいない。
「詰めが甘いねん。常に考えなアカンのは最悪の事態や。簡単に場所が特定されるかもしれへん、自分よりも強い奴がゴロゴロおるかもしれへん。それくらい考えれてやっと二流や。まぁ、俺みたいな超一流になるには実力があと何段階も越えんと厳しいけどな」
飛ばした式神を敵の鼻、口を覆い、喉に詰め、次々と窒息させていく。
銃火器を連射してきても、所詮は紙。いくらでも替えが効く。
「人なんか簡単なもんや。紙一枚で皮膚が切れるし、息が止まる。やから、ほんまに大事なもんは人以外も守っとかなあかんよな」
薬物が保管されてある部屋に光の式神が侵入した時、彼の予想通りに防護システムが作動した。
大量のドローン、ロボットが作動し、壁面から離れて動き出す。
それらから放射されるレーザーは容易に人を切断できるほどのエネルギーを有していた。
光の式神もレーザーに当てられたものから焼き切られ、地面に落ちていく。
レーザーをすり抜けた式神も、継ぎ目のない鉄の塊に阻まれ、鋭いプロペラで切り刻まれた。
「おいおい、こんなおもちゃをどこから拾ってきたんや……」
防御のためのシステムがあることは予想できていた光だったが、それが完全に魔法を排除した機械のみのものだとは思っていなかった。
現代の主要施設には魔法によるセキュリティが標準装備と言っていいほど設置されている。
だからこそ、「死招蜥蜴」の迎撃体制には意外としか言いようがなかった。
「式神だけやと時間かかりそうやし、しゃあないなぁ。一旦散らそか」
光は倉庫内に残る式神を、全て木端微塵にした上で操作を解除し、肩に乗せている太裳も消滅させた。
「最後は派手に行くで——朱雀」
続けざまに呼び出した十二天将は炎を纏う巨大な鳥「朱雀」。
ばさりと翼をはためかせ、先程の薬物保管庫へ一直線に飛んで行く。
一度見た道だ。間違えようがない。
あっという間に到着すると、レーザーの届かない場所から、その羽を大きく広げて熱波を放った。
その温度は最大で3000℃。タングステンは溶かせないが、鉄程度なら十分に融解させるだけの温度を備えている。
この熱波を直接浴びたロボット達は、温度に耐えきれず、機体を歪めて機能を停止した。
「セキュリティも突破したことやし、このまま仕事も終わらそか。残っとる薬も全部破棄でええやろ」
倉庫にあるものと同じ薬物を少量ではあるが、「銜尾蛇」の首領から受け取り、解析も行なっている。
さらなるサンプルがあることに越したことはないが、重要度は低い。
大切なことは、「死招蜥蜴」を排除することである。
「朱雀、巻き上げろ」
光の意思により、朱雀が羽ばたく。
これにより生まれた気流は倉庫内を循環し、地面に散らばっていた元は式神だった大量の粉塵を掬い取った。
言わずもがな、紙は可燃物である。
それが粉状となり、熱を含む風を浴びて舞えば一体どうなるか。
巨大な爆発音と共に、外界の小屋ごと消し飛ばした。
粉塵爆発である。
光が敵との力量差をわかっていながら大量の式神を持ち込んだのは、これにより一瞬で全てを終わらせるため。
1つの目的に対してあらゆる可能性を考え、あらゆる手段を準備する。
これが土御門光の戦い方である。
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