第54話 術師集結

 8月20日、午前1時を少し過ぎた頃。蒼真、稲荷は待てども姿を現さない光にしびれを切らしていた。


「いつまで待たせる気やねん。男連中は女にかまけすぎなんちゃうか」


 共に待つ蒼真であるが、実際に集合場所に着いたのは稲荷よりも後だった。

 その際に蒼真の体から漂う白雪の魔力について、あらぬ邪推をされたものだ。


「まぁ、あの人なら何も伝えずに直接現場に向かってそうではありますけど……そう言ってるうちに、ようやく来たみたいです」


 急ぐ仕草も無く、ゆるりゆるりと近づいてくる白い狩衣姿は、紛れもなく「陰陽師」土御門光であった。


「えらい早いなぁ。自分ら、気合い十分やん」


「あんたが遅すぎんねん、このエロ陰陽師」


「エロとは心外やなぁ。俺は側に置いとく女の子には、皆等しく愛を注いでるだけやで」


 光のこの発言自体が、相手を1人に絞るつもりがないということを物語っている。


「俺の女の話なんかはどうでもええねん。今は『死招蜥蜴』やろ」


 自分が遅刻したことなど棚に上げて、光は本題を切り出した。

 これをいちいち指摘しているようでは話が進まず、かと言って注意しても、光は適当に流すであろうことは待たされた2人は知っているので、わざわざ言葉を発することなく彼に話を続けさせる。


「敵の隠れ家は、ここから近くと少し離れた場所に2カ所ある。司令部と例の薬の倉庫や」


 光は携帯を取り出して操作すると、空中に近辺の地図が現れた。

 現在地を示す印以外に、目的地を示す色違いの印が2つ。

 1つは街中を、もう1つは山中を指し示している。


「さっさと誰がどこに行くか決めよか。はい、じゃーんけーんぽーん」


 不意に始まったじゃんけんに困惑しながらも、蒼真と稲荷は手を突き出した。

 その結果は——。


「はい、俺の勝ちやなー。俺は山にある倉庫に行くから、街中の方は2人に任せるわ」


「ちょっ、待ってください。いきなり——」


「待たへんよ。じゃあ、後のことは頼むで」


 ヘラヘラとした態度で、蒼真に携帯を投げ渡すと光は走り去って行った。

 光がこの場に現れてから、わずか1分足らずの出来事である。


「流石に自分勝手すぎる……」


「しゃあないけど、案外この役割分担は理にかなっとうかもしれんで。人目につきやすい街中は1人が敵の制圧、もう1人が結界を張って周りの監視もしておける。まぁ、そこまであの男が考えてるかはわからんけどな」


 呆れ顔で光が立ち去った方向を眺める蒼真と稲荷だったが、立ち止まっていられる時間は少なくないことを思い出す。

 人々が動き始める夜明け前までに、事件を終わらせなければならない。

 任務に心を切り替えた2人は、夜空へ飛び出した。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 蒼真と稲荷が受け持った「死招蜥蜴」の隠れ家は、街中の司令部。

 地図が指し示すポイントに2人は降り立った。


「何にもない普通の路地裏やんか。蒼真、アンタ何か見えてるんとちゃう?」


 稲荷は補助装置に手を当て、周りを警戒しながら尋ねた。


「認識の阻害というよりは、空間の拡張か? ……おそらく、闇属性魔法が使われています」


 目を凝らし、魔法の痕跡を見つけ出すことで蒼真は結論づけた。


「そうか……いけるか?」


「はい」


「ウチは?」


「いいえ」


 この短い会話の中で、2人だけは意思疎通ができた。

 その内容は、


「そうなんですね。それで、その闇属性魔法を突破することはできるのですか?」


「問題なくできます」


「では、私も一緒に敵アジトへ入ることはできるのですか?」


「私1人なら入ることはできますが、あなたを連れては行けません」


 となる。

 長年、顔を合わせてきた賜物だ。これくらいは朝飯前である。

 蒼真が見つけた敵の魔法は、並の魔法使いでは見つけることは困難だっただろう。

 使われている魔法は、認識の裏側に新たな空間を作り出す魔法。

 簡単に言えば、相互干渉のできない空間をすぐそばに作り出すということだ。

 近くにいても見えないし、触れない。

 空間を作り出すという大規模な魔法を使ったにも関わらず、今まで見つかって来なかったことには理由がある。

 作り出した空間を、現実の建造物を模倣した形にして出入り口を絞ったことで、魔力の消費量を減少させ、隠蔽力を強くしたのだ。

 だが、場所がわかってしまえば蒼真の敵ではない。

 蒼真は敵の隠れ家となっている建物の外壁に片手を当てると、後ろを向いたまま稲荷に声をかけた。


「稲荷さん。俺が行っている間、結界をお願いします。妖狐の力があれば簡単ですよね」


「別にそんなん使わんでもできるわ。陰陽師の術も少しくらいやったら使えるねん。伝説の陰陽師、安倍晴明は葛の葉狐の息子。つまりは、妖狐の一族から生まれてんねんで」


 そういうと、稲荷は紙の札を取り出して空中に投げると、音を鳴らして両手を合わせた。

 札を中心に広がっていく結界を確認した蒼真は、壁に当てていた手に魔力を込め、空間を引き裂いた。


「それでは、外のことは頼みます」


「敵を生かしておくことなんか考えんでいいで。暴れてき」


 ニヤリと笑いあう現代に生きる妖怪の2人。

 蒼真は裂いてできた穴から「死招蜥蜴」のアジトへ潜入した。

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