第53話 主人と従者達
すっかり夜も更けて皆が寝静まった頃、蒼真は音を立てないように布団から抜け出した。
同室で眠るのは修悟と直夜だ。
彼らを起こさないように静かに立ち上がったが、明らかに直夜の目は開き、蒼真の様子を眺めていた。
(万が一のことがあれば、皆を頼むぞ)
蒼真は声には出さなかったが、口の動きだけで思いを伝え、背を向ける。
直夜には読唇術の心得はないが、蒼真の考えが伝わってきた。これも、彼らの長年の絆があってものだろう。
そして部屋を出て行く蒼真を呼び止めることなど、直夜はしない。
蒼真に全面的な信頼を置く彼は、主人の行動に疑問を持つことはない。
今、蒼真が1人で出て行くことには意味があり、自分が残されることにも意味がある。そう信じていた。
だから蒼真は直夜に多くを語ることはほとんどない。
言葉は無くとも伝わることはある。
今日も蒼真は言葉を発することなく戦いに向かう。
彼は自室を出てから一直線に地下室に入ると、真っ黒な戦闘服に身を包み、刀を腰に下げる。
この戦闘服は魔装に使われている技術を応用し、黎明に作らせたものだ。
服の裏地には魔法陣が描かれており、鎧としての役割を果たすと共に、一種の補助装置の役割も兼ねている。
彼は戦闘モードになる仕上げに、壁に掛けてある仮面に手を伸ばしたが、あることに気がついた。
結城家の序列順に掛けてある仮面が1つ欠けていたのだ。
蒼真のすぐ隣の仮面、つまり謙一郎のものである。
「そうか……この夜で終わらせるつもりか」
戦闘態勢で謙一郎が外出しているという事実が示すことは1つ。「銜尾蛇」関係に他ならない。
「俺も早く行かないとな」
仮面を手にすると、蒼真は地下室から直接外に出ることのできる隠し通路の扉を開けた。
しかし、すぐに彼が出発することはできなかった。
2人の人間が扉の向こうで座っていたからだ。
「……こんばんは、蒼真さん」
「すみません! 邪魔するつもりではなかったんです。でも、何か私にも蒼真様のお手伝いはできないかと……」
バツが悪そうな表情で蒼真の顔を見上げるのは、白雪と千種だった。
「こんな夜更けにいる場所じゃないぞ……」
「ですが、私は蒼真様の部下になってまだ何もできていません。せめてご一緒させて頂きたいです」
この数日で千種の立場はガラッと変わった。
元は銀治の娘の世話係だった彼女が、今は次期当主の部下であり、結城家当主直属の部隊である「月の忍び」の一員に選ばれているのだ。
にも関わらず、彼女がこなす仕事の量はそれほど変わっていない。
むしろ如月達が手伝ってくれるおかげで、今までより楽になっているくらいだ。
そんな彼女が何もできていないと、焦りを覚えるのも仕方ないのかもしれない。
「だめだ。お前は連れていけない。今日はここへ残って志乃やリサ達の保護に全力を尽くせ」
「……それは私では、蒼真様と共に行くには力不足という意味でしょうか」
「違う。お前はよくやってくれている」
蒼真はそう言って、千種の頭をそっと撫でた。
「今から俺は人を殺してくる」
事もなさげに放たれた蒼真の言葉だったが、千種の心には大きく刺さっていた。
「そんな場所に部下を連れて行きたくはない。お前だけしゃなく、直夜や澪もだ。人殺しは俺1人で十分だからな。これから必ず訪れる、全ての人が平等になる社会でお前は綺麗な手のままでいてくれ」
「それでは、蒼真様は……」
それ以上を千種は言うことが出来なかった。
蒼真が仲間に向ける優しく、悲しい目つきを見てしまったからだ。
彼の未来図には、自分自身が含まれていない。
全ては周りの人のために、身を粉にして戦い続けるのだ。
「千種ちゃん、少し下がっていてもらったていい? 私も蒼真さんと2人で話をしておきたいの」
気力の無くなった千種を部屋の外へ誘導すると、白雪は蒼真の正面へと回り込んだ。
「悪いがそろそろ出たいんだが。そこを退いてくれるか、白雪」
「大丈夫です。ほんの少しで終わりますから。それに、光さんの方も時間通りには来ないでしょう。あの人が約束を守ることなんてほとんどないですし」
相変わらず、光への信頼は一切ない。
「別に私は連れて行って欲しいとか、行かないで欲しいと言うつもりはありません。ただ、忘れないでいて欲しいことがあるんです」
白雪は蒼真の目を見据えて言う。
「あなたが私達を守ろうとしてくれていることは、皆が知っています。それと同じくらい、私達は蒼真さんのことも守りたい。あなたが1人きりでどこに行って、何をしていたとしても、私達はあなたの帰るべき場所で必ず待っています。いつもあなたが側にいてくれたように、私もあなたを1人にはしません」
そう言うと、白雪は蒼真の右手を自身の両手でで包み込む。
手袋越しで体温までは伝わらないが、わずかに白雪から蒼真へ魔力が流れこんできた。
「でも、少しだけ我儘になってもいいですよね。早く帰ってきてください。私が蒼真さんとこうしてお話しできるのも、京都に帰ってきているうちだけなんですから」
「わかっている。すぐに戻るから、待っていてくれ」
蒼真は左手に持つ仮面を着けると、空いたその手を白雪の手に重ねた。
「それと、9月から始まる交流会までと終わってからも、できる限り京都に居ようと思っている。千種や暁月の訓練にも付き合ってやらないといけないが、どこか行きたい場所でも考えていてくれないか」
「……ふふっ。ずっと考えておきますからね。遅く帰ってきたりしたら、1日じゃ済みませんよ」
彼らは常に明るい未来を欲する。
どれだけ暗い道であっても、どれだけ汚れていようとも、どれだけ苦しもうとも進み続ける。
前を目指して進む者にしか、掴める未来は訪れないのだ。
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