第50話 鬼と鬼
翌朝早くから蒼真は道場で真剣を振っていた。
彼が整備した日本刀型補助装置「
魔法が持つエネルギーを一振りの刀に込めた斬撃は、そう簡単に防ぐことができるものではない。
禍々しくも美しい刀身で多くの血を吸ってきたものだ。
袴姿の蒼真が刀を鞘に納めると、誰かが道場へ入ってくる音がした。
「おはよう、蒼真。朝から頑張ってるね」
「おはよう、修悟。昨日は良く眠れたか?」
寝癖のついた髪のまま、眠い目を擦りながら入ってきたのは修悟だった。
「いやぁ、蒼真に借りた論文を読んでたら夜更かししちゃって……。でも、なんだかいつもより体の調子は良いんだよ。お札の効果かな?」
蒼真の自室には様々な書物、データをまとめたメモリーチップが大量に保管されている。
データ化されているものを含めると、1つの大きな図書館に匹敵するほどの量だ。
その中には、将来的に結城家を管理していくための帝王学や経営学の教材や、魔法技術に関する最新の論文まで集めている。
修悟の体質を改善するのは難しいが、できる限りの協力をしようと、蒼真は持っている論文を貸し出したのだ。
「あの札にはそんな効果はなかったはずなんだがな。きっと、京都の空気が体に合っているんだろう」
「そうかもね。大学は家を出ることも考えておいた方がいいかな」
「京都にも魔法大学はあるから、よかったら見ていくか? もしかしたら中にも入れるかもしれない」
「本当に!? ……でも、また今度にしておくよ。せっかくみんなで旅行に来たんだから、楽しむ方を優先したいな」
「わかった。じゃあ早く着替えて、顔を洗ってこいよ。そろそろ直夜以外は起きてくる頃だ」
修悟を部屋へ戻らせると、蒼真は道場の向かい側にあるシャワー室で汗を流し、袴から普段着へと着替えた。
彼は故郷の京都へ帰ってきたとはいえ、普段から和装をしているわけではない。
着物は幹部会など特別な時だけで、動きやすい服装の方が万が一の時にすぐに対応できる。
それに、ネックレスや指輪などの小物型の補助装置を身につけていても違和感がない。
「あとは直夜を起こしに行かないとな……ドアの前で止まるなよ……」
シャワー室の扉を開けると、そのすぐ前で直立していたのは如月だった。
「すみません、蒼真様。御当主様から、朝食後にお話があるとのことで、屋敷に残っていて欲しいと言伝を預かっています」
「そうか……今日は修悟達を案内する予定だったんだがな……。父上からの話ということは、間違いなく『死招蜥蜴』関係のことだろうな」
前日に謙一郎が正親の元に呼ばれていたことを、蒼真は扇華から聞いていた。
それに「銜尾蛇」が接触を図って来た場面では、彼は当事者だ。
少しずつ変わりゆく情勢を理解しておくのは、問題解決に向けて彼がとれる手段の1つである。
「わかった。じゃあ、俺の代わりに修悟達について行ってくれないか? 今の京都はどこで何が起こるかわからない。事情がわかるやつが側にいてやって欲しいんだ」
「了解です。蒼真様の代わりは荷が重いですが、精一杯努めますよ」
「頼む。澪と白雪もいるから大丈夫だとは思うが、しっかりした男が1人はいないとな。あと、千種も一緒に連れて行ってやってくれ。たまには羽を伸ばすことも大事だろう」
千種が蒼真の部下になってからというもの、銀治の娘の警護の任務から解かれ、慣れない環境で「月の忍び」の補佐として雑務についていた。
度重なる「死招蜥蜴」の件で仕事量が増え、その合間にトレーニングをしなければならない。
彼女自身は平気そうな顔をしてたが、疲労が溜まってきているのを蒼真は感じとっていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「蒼真。話は如月から聞いているな。昨日、土御門家に行ってきた」
「知っています。母上から聞きました。問題についてどう対処することになったんですか? 話が終わり次第、俺も動きたいので認識を共有しておきたい」
謙一郎は会社の書類に目を通しながら蒼真に語りかける。
彼は普段、仕事を家ですることは少ない。
家族ながら、珍しい景色であった。
「簡単に言えば、お前と土御門先輩のところの光で『死招蜥蜴』はなんとかしろ、っていうことになった。『銜尾蛇』さえいなければただのチンピラ集団だ。軽く捻ってこい」
「処理の方法も任せてもらえるんですか?」
蒼真の質問に、謙一郎は眉をピクリとあげる反応を見せたが、仕事の手を止めることはなかった。
「全て任せる。今流通している薬を回収し、再び流れることのないようにだけすれば、敵の生死は問わん。好きにやれ」
生死は問わない。その言葉が無くとも、蒼真は容赦するつもりはなかった。
彼には人を殺すことへの躊躇は「月の忍び」として暗躍するうちに薄れていた。
しかし、無意味な殺人もするつもりはない。
それが彼が成長とともに手に入れたものだ。
「『死招蜥蜴』の件はわかりました。ですが、『銜尾蛇』はどうするつもりですか? 正直言って、奴らと協力するのは気が進みません」
邪魔をし合わないという名目で、敵対関係となるのを回避することへのメリットを蒼真は理解していた。
しかし、時に感情は理性を上回る。
6年前の事件以来、彼にとって「銜尾蛇」は許されざる敵であった。
その敵と手を組むことへ、強い拒否感が生まれてしまうのも無理はない。
「過去にあれだけのことをやっておいて、また京都に危害を加える原因になった。これを陰陽師の連中が許すと思うか? もちろん排除する」
正親と共に決めた「銜尾蛇」の京都からの排除。
もちろん、この組織の危険性を考えてということではあるが、少なからず謙一郎の意思も入っていることは否定できない。
彼もまた、蒼真と同じく強い感情を持っていたからだ。
「だか、『銜尾蛇』のことは気にせず行動しろ。首領が来ている可能性が低いなら、あまり人員は割けない。俺や陰陽師数人でなんとかするから心配するな」
「では、俺は俺の仕事を全うします。それでは」
「いや、待て待て。まだ話は終わってないぞ」
敵への対処の仕方を聞いたところで、早速行動を開始しようと部屋を出るべく父親に背を向けた蒼真を、謙一郎はすぐさま呼び止める。
「何ですか? 『死招蜥蜴』のことではもう話すことはないと思いますが」
「それとは別件の話だ。元々お前がこの家に戻ってきたら言おうと思っていたんだ」
ここにきてようやく手に持つ書類を置き、謙一郎は蒼真の目を見た。
その真剣な眼差しに、蒼真もこれは只事ではないと身構える。
「蒼真……お前、好きな子できたか?」
「はぁ?」
「だから、好きな子できたかって聞いてるんだ」
真面目な話になると思いきや、全く予想外の方向からの話題に蒼真の頭には疑問符しか出てこなかった。
「こんな時に何を言ってるんですか。ふざけているならもうやめてください」
「大事な話だから待ってくれ。昨日、正親さんから光が結婚する予定もないと愚痴を聞かされてな。お前は任務漬けでそういうのに疎いだろうから少し心配になった」
近年、魔法使いの早婚化が進んでいる。
特に「七元素」などの優れた魔法使いほど若くして結婚し、遺伝子を残している。
それは術師でも同じである。
優秀な魔法使い、術師は早く結婚して子供を産むことを望まれているのだ。
「好きな……考えたこともなかったな……」
蒼真は闇に生きる人間である。
彼と関わりを持つということは、闇に足を踏み入れることとほとんど同義だ。
だから高校に入学して修悟達と会うまでは人を遠ざけてきた。
そんな彼が恋愛を知識としては知っていたとしても、体験するようなことは今まで一切なかった。
「……年末までは待つ。また冬休みに帰ってきた時に、お前にそういう相手がいないのであれば俺が許嫁を用意しようと思うがいいな。もちろん、その許嫁と結婚するのはお前達の自由だ」
「俺はそれでもいいですが、ちゃんとその条件で了承した相手にしてやってください。強制的に決めたのであれば、俺は拒否します」
「その辺りは任せておけ。互いに悪くはない話にしたいからな」
時と場合がどうであれ、話しておきたいことを話す父と、それを許容する子。
これが日本屈指の力を誇る、鬼の親子の姿である。
彼らが異国の敵とぶつかり合い、全てが終わるまでの時間は刻一刻と近づきつつあった。《ルビを入力…》
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