第51話 絆

 蒼真の許嫁問題が挙がっている頃、清水寺にて千種はリサからの質問責めにあっていた。


「チグサはソーマ達とどういう関係なの!? ソーマの家にいたでしょ!」


 リサの質問に他意はない。

 言動はストレートだが、それは彼女のまっすぐな性格によるものであり、核心がつきたいわけではないのだ。


「わ、私は結城家で使用人補佐として住み込みで働かせていただいています。蒼真様には来年の私の魔法高校の受験まで、勉強や魔法も教えていただいています」


 リサの質問を予見して蒼真達が作っておいた回答がこれだ。

 万が一、千種の仕事現場が見られたりトレーニングの最中に出くわした場合でも言い訳が立つ。

 だが、全てが誤魔化しというわけでもない。

 彼女が魔法高校への入学を目指していることは本当である。

 嘘に真実を混ぜると信憑性が増すと言うが、その実践だ。


「受験!? じゃあ、チグサも東京に来ればいいじゃない! 私達もサポートするわ!」


「ちょっと、リサ……千種ちゃんの都合もあるんだから、そんなにグイグイ行かないの。ごめんね、千種ちゃん。昔からリサはこんな性格だから、難しい気もしれないけど受け入れてくれると嬉しいわ」


「全然大丈夫です。直夜さんもよく似た感じで接してくださるので」


 その会話に出てきた直夜はというと……文字通り清水の舞台から飛び降りようとしていた。


「……よし、これくらいの高さならいけるな」


「待ってって、直夜! ……何で蒼真がいないとこうなるんだよ!?」


 ボソッと不穏なことを呟くと、屈伸をし始めた直夜を後ろから修悟が取り押さえる。

 が、身長190cm越えでアスリート以上の筋肉を持つ大男を、男子平均身長に届かないほどの肉体では抑え込めるはずがなかった。


「大丈夫だって。人がいないところに降りるし、強化魔法使うから」


「そういう問題じゃないって! 倫理観どうなってるの!? 周りの迷惑になるっていう意味だから!」


「はぁ……とりあえず端に寄りましょうか。ここでは他に観光客の方がいますからね」


 引率者としてついていた如月が、直夜の腕を引き無理やり連れて行く。

 如月も体が大きい方ではあるが、直夜ほどではない。

 筋力だけなら直夜に軍配が上がるだろうが、直夜に抵抗の意思はないようで、ズルズルと引きずられるように連れていかれた。

 修悟が抑えようとしてもダメだったのは、単に修悟の力が弱すぎたからである。

 リサに絡まれる千種や、如月と修悟に叱られる直夜を1人静観していたのが澪であった。


「蒼真1人がいないだけでこれだけ酷い有様になるのね……。まぁ、あと1人も面倒なことになってるけど……」


 澪が後ろを振り返ると、観光地には似つかわしくない悲痛な表情で項垂れながらトボトボと彼女についてくる白雪がいた。


「……今日も蒼真さんと一緒にいられると思ったのに。みんなが帰ってきてから少ししか話せてないし……昨日の夜にリサちゃんに洗いざらい見透かされちゃったし……」


「それは仕方ないと思うわよ。あなたの気持ちに気づかないのなんて、蒼真と直夜くらいのものよ。リサや志乃に蒼真が好きだってバレるのは、時間の問題だったはずよ」


「もう恥ずかしいから、それ以上は言わないで!」


 両手で顔を隠す白雪だったが、彼女の長い黒髪の間からチラリと見えた耳は赤く染まりきっている。

 昨晩のお泊まり女子会にて、恋愛トークと称した白雪への集中砲火により、彼女の恋愛事情は筒抜けとなってしまっていた。


「そんなに真っ赤になるくらいなら、もう告白しちゃえばいいじゃない。言葉にすれば、多少は楽になるでしょう」


「こ、告白なんて無理だよ……。いつも蒼真さんに頼りきりで、自分の体だって無理すれば壊れちゃうくらいに弱い私が、そんな大それたこと……」


「はぁ……本当に馬鹿ね」


 澪はため息をつくと、うじうじと尻込みする白雪の背中を軽く叩く。

 顔を手で覆っていた白雪は、突然死角から与えられた背中への衝撃に驚いて手を離した。

 その隙を見逃す澪ではない。すかさず白雪の両手を掴むと、逃げられない様に彼女の目を見つめた。


「あなたはあなたが思ってる以上にしっかり者で、魅力的よ。今までずっと一緒にいた私が保証してあげる。だから、そんな意気地のないこと言わないで」


「澪ちゃん……ありがとう」


「ほら、早く行くわよ」


 澪は白雪の腕を引き、友人達の元へ歩き出した。

 華奢に見える腕ではあるが、長年の鍛錬の成果もあり力強い。

 白雪はそんな澪の後ろ姿に安心感を覚えていた。


(小さな頃から、澪ちゃんはいつでも側にいて私を引っ張ってくれた。いつか私もこんな風な強い人になれるかな)


 白雪にとって蒼真は憧れであり、澪は目標だった。

 強く、聡い彼女は対等に蒼真と並び立つことができる。それが羨ましかった。

 澪にとって白雪は自分にないものを持つ存在だった。

 蒼真をも超える膨大な魔力量、強さは求められず皆から愛される人柄。

 結城家の「守護者」として強者でなれけばならなかった澪もまた、白雪を羨ましく思う気持ちがあった。

 しかし、彼女達はお互いに憎みあったりはしない。

 お互いがお互いにとって大切な存在には変わりないのだから。

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