第49話 二つの才

「おかえり蒼真……って、何で増えてる?」


 蒼真は修悟達と共に帰宅すると、鍛錬をしている直夜がいる道場に、彼らを連れてきていた。


「早く来ていたらしくてな、とりあえず連れてきた。ところで、澪と姉さんはどこに行った? 一緒じゃないんだな」


「何も聞いてないけど、家の中にはいるんじゃないか? それより、皆を集めるってことは、外で何かあったのか?」


「直夜にしては察しがいいな。少し面倒なことが京都で起こっている」


 蒼真の深刻げな顔を見て、直夜は訓練を中止し持っていた竹刀をスタンドに立てかけた。


「で、その面倒なことって何だよ。自分に手伝えることなら何でも協力するから言ってくれよ」


「それも澪が来てからの方がいいから……ちょうど来たみたいだ」


 蒼真の目が捕らえた澪の魔力は、道場の扉の前にあった。

 しかし、そこから入ってきたのは澪だけではなかった。


「直くんおつかれー。お茶持ってきたよ……弟と妹が増えてる……?」


「増えてません。お姉さんの弟は蒼真1人でしょ。みんなは東京でできた私達のクラスメイトです」


 蒼真は魔力によって、人の行動をある程度把握することができる。

 だが、彼には姉の行動を読むことはできない。

 人々は皆等しく魔法使い、非魔法使いに関わらず、操れるかは関係なく魔力を有しているのだが、青葉は魔力を一切持っていない異質な人間なのだ。

 その影響なのか、蒼真に与えられた魔力は並外れた多さを誇っている。

 その一部は、本来なら青葉に与えられていたものなのかもしれない。


「蒼真の姉の青葉でーす! 私のことは、お姉ちゃんもしくはお姉さんって呼んでね」


「はーい! お姉ちゃん!」


「「……」」


 突然現れたテンションの高い女性に順応できたのは、お互いにハイテンションなリサだけだった。

 冷静沈着な振る舞いをいつもしている蒼真の姉を名乗る青葉が、ここまで彼と性格が違えば誰でも戸惑いもするだろう。


「蒼真、失礼だけど青葉さんって……」


「疑いたくなるのも理解できるが、あれでも実の姉だ。腹違いとかじゃない」


 リサと戯れる青葉を傍目に、蒼真はため息をついた。

 底抜けに明るい性格同士、すぐに仲良くなれたようだ。


「姉さん、そろそろ本題に入りたいんだが」


「OK。それと、私を呼ぶときにはお姉さまでも——」


「いいから座ってくれ」


 蒼真は全員を座らせると、術師組合で話された「死招蜥蜴」による一連の事件について伝えた。

 もちろん、一般人である修悟、志乃、リサの前でのこともあり「銜尾蛇」についての情報、手を組む取引を持ちかけられたことは伏せている。


「それで今後のことなんだが、とりあえずホテルはキャンセルして、京都にいるうちは俺達の家に泊まっていってもらおうと思っている。この辺りなら市街地と比べても安全だからな」


「京都が危険なら、早く帰った方がいいんじゃない? リサに頼めば家の人に迎えに来てもらえるだろうし」


 危険な場所からは早く離れるべきという志乃の意見は間違いなく正論である。

 しかし、その「安全な場所」の認識は蒼真とは食い違っていた。


「伏見稲荷で光さんから札を貰っただろう。その有効範囲は京都の結界の内側だけだ。だから、それを持っているうちは結界外よりも安全なはずだ」


 光の札はレーダーの役割を果たす。

 彼は札の持ち主の安全を守ると共に、「死招蜥蜴」を見つけるために利用しているのだ。


「だったらうちの客間を使いなよ。澪ちゃんも白雪ちゃんも泊まって女子会しましょ」


「なら、全員ここに泊まっていくってことでいいな。直夜もよかったら来いよ」


「了解。後で家から荷物取ってくる」


「ちょっ、ちょっといいの!? 急にそんなこと決めちゃって。僕達が予定も伝えずに来たせいなのに」


 トントン拍子で決まっていくことに、修悟は驚きを禁じ得なかった。

 トラブルが起こった直後にも関わらず、あまりにも決断が早すぎる。

 それは慎重に物事を考え過ぎてしまう修悟にとっては異常とも思えた。


「一応お父さんに聞いてみようか? 会社に行ってるはずだから繋がらないかもしれないけど」


 修悟の不安を解消するために、青葉は携帯を持って席を立った。

 そしてわずか数分後だった。


「泊まってもいいって! 何人でも自由に部屋を使っていいらしいよ」


 意外にも早く連絡が取れたのは、この時謙一郎は会社にいなかったからである。

 彼が訪れていたのは土御門家。

 謙一郎は「最高の陰陽師」土御門正親に呼び出されていた。


「謙一郎、お前何で組合に来なかった?」


「そりゃあ、息子に全部任せようと思ってるからですが。俺も歳ですしね。先輩こそ、そろそろ光に任せてやってもいい頃では?」


「いつになっても生意気な野郎だな。昔から変わろうともしない」


「あんたの息子にも同じこと言ってやらないんですか? あれは俺以上かもしれませんよ」


 型にはまらず、やることなすこと全てが規格外だった学生時代の謙一郎を、唯一同じ実力者として対等に扱おうとしたのが正親だった。

 その過去もあってか、謙一郎は正親に軽口を叩くことがあれど、正親の呼びかけには応じて家にまで訪れるし、無下に扱うことはない。


「その馬鹿息子の光からの連絡だ。『死招蜥蜴』の件に、『銜尾蛇』が協力を持ちかけてきている」


「なるほど、それで俺に何をしろと?」


 結城家にとって、呪いにも思える単語——「銜尾蛇」を聞いた途端に、謙一郎の表情が変化した。

 生意気な後輩から京都を守る術師へ変わった彼は「最高の陰陽師」からの言葉を待った。


「俺とお前で『銜尾蛇』を追う。『死招蜥蜴』の方は息子達にやらせよう。お前のところの蒼真もそこそこ強いんだろう?」


「誰の息子だと思っているんです?」


「お前に似ているとなると、何をしでかすかわからんな。扇華さん似だといいんだが」


「俺が言えた義理じゃないが、あんたもなかなか失礼なこと言うもんですね」


 類は友を呼ぶというが、案外性格が違うように見えるこの2人だが、似た者同士なのかもしれない。

 共に人並外れた力を持ちながら、それをさらに上回る息子が生まれた。

 自分では成し遂げられないことを成し、辿り着けない境地での景色を見ることができるという可能性を見た。

 だが、その大きすぎる才能を導けるのは父親である彼らしかいない。

 才能に溺れないように、才能があるが故に孤立しないように導けるのは彼らしかいない。

 心を壊されようとも、身が朽ち果てようとも先に立つことこそが、才能を作り上げてしまった責任であり、義務であるのだ。

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