第48話 交渉
千本鳥居を抜けた一行は売店に立ち寄っていた。
元々、修悟達は旅行で訪れていたのだから普段は見ない京都のお土産を手に右往左往している。
大人数で店に入るのは迷惑だと感じたのか、光は側付きの男達を他の場所への見回りを命じ、蒼真と2人で店の外に出た。
「ほんま、お前も白雪ちゃんも大きなったもんやなぁ。昔の白雪ちゃんなんか俺に怯えっぱなしやったのに」
「光さんは全く変わりませんね。日本一の陰陽師を名乗るくらいなら、少しくらい威厳があってもいいはずですが」
蒼真達のような若い術師は光の強さ、知識量の多さを知っている。
しかし、誰一人として彼に敬意を抱かないのは光の人柄のせいだ。
しかもそれを光自身も熟知していながら、修正しようとしないのだからなおさらである。
「俺は別にチャラチャラしててもええねん。真面目な話は親父とかお前らがやってくれるやろ。術師とか魔法使いのしがらみは俺に合わん」
光が今通っている大学は魔法大学ではない。
高校生時代は魔法高校に通学していたのだが、魔法使いの価値観に嫌気がさし進路を変えたのだ。
「俺に求められてるのは力や。近い将来、術師と魔法使いの関係は悪くなる。そん時の抑止力にならなあかん」
「それだけ深く物事を考えれるなら、なおさら真面目に振る舞ってくれませんか」
「それは無理やわ。こうやって隙見せといたら、いろいろ引っかかってくれるからなぁ。ほな、行こか」
有無を言わさず蒼真を連れ出すと、白雪達を置いて再び千本鳥居の方に向かった。
蒼真はいちいち光に意図を尋ねたりはしない。
蒼真と稲荷は似通った思考をすることがあるが、蒼真と光の考えが一致することはほとんどない。
光の意図を理解しようとするよりも、そのまま従って行動する方が手っ取り早いのだ。
「そうや、京都の結界にお前はどれくらい干渉できるんや?」
「集中すれば、ある程度の範囲の情報は結界から読み取れます。まぁ、疲れるだけなんでほとんどやりませんが」
「あんなぁ、俺は全部や」
光の言葉通りなら、彼は京都の中心地の全域を手中に収めていることになる。
それは蒼真が目の能力を使っても把握しきれないほどの面積だ。
「あの結界を作ったんは、安倍晴明や。俺の先祖やって言われてるな」
安倍晴明、術の生みの親であり術師、陰陽師の原点とも言える人物である。
そして鬼、妖狐、天狗などの数多くの妖怪達と戦った人物でもある。
葛の葉狐から生まれた彼は、現代の術師に京都の結界をはじめとしてさまざまな物を残している。
「元々俺の家族は他の陰陽師よりも、京都の結界を利用できるんや。晴明の血筋のおかげでな」
山の中腹ほどまで登ってきた頃、2人は鳥居の道を外れて山の中へと入っていく。
そして完全にもといた道が見えなくなったところで、光は立ち止まった。
「こんなところまで連れてきて何を話すつもりですか?」
「……さっき、俺は京都中の結界の全部に干渉できるって言うたやろ。この伏見稲荷は結界維持に重要なポイントの1つやねん。それを知ってか知らずか、トカゲが迷い込みよってなぁ」
そう言って光が腕を地面と平行に振ると、隠されていたものが見えてきた。
無数の紙人形が舞う中、体を全く動かすことが出来ず苦しそうな表情を浮かべている異国の男がそこにはいた。
「いくらお前も気ぃつかんかったやろ。さっき来たばっかやしなぁ」
魔力感知に長けている蒼真だが、至近距離まで来ても捕らえられている男から魔力は感じられない。
その秘密は周囲に舞う紙人形——光の式神にある。
式神の動きにより作られた結界は、範囲こそ人一人分を包むほどだが、対象の動きを止めるだけでなく魔力まで無効化してしまう。
それほどまでに優秀な式神使いである光だが、さらに強力な式神を従えている。
安倍晴明も操っていたとされる、十二天将である。
十二天将の全ての式神を操ることができる陰陽師は、現在のところ光しかいない。
「術師組合の会議に出てたんやったら知ってるやろ? こいつは『死招蜥蜴』の構成員や」
光が男の袖をまくると、手首から肘にかけて這うトカゲのタトゥーが彫られていた。
この男に限らず、「死招蜥蜴」のメンバーは体のどこかにトカゲのタトゥーを入れているようだ。
「とりあえず1人捕らえた訳やけど、まさかここに置いとくことにもいかんからなぁ。かと言うても、殺すんもなぁ……。せっかくの手がかりやし」
「まずは術師組合に伝えるくらいでいいんじゃないですか? 後始末はやってくれる……ちょっと待ってください! そいつ、様子が変じゃないですか?」
魔力が感じられなかったがための、発見の遅れ。
男の瞳孔は開いたままで、手足に力が入っている様子はない。
光は結界を解くと、男の体を地面に寝かせた。
「やばいな……呼吸してへんし、心停止してもうとる」
「ちょっと離れてください。電気ショックでなんとかなるかもしれません」
蒼真は両手に雷属性魔法を発動し、AEDのように胸部に触れようとした。
『待て、日本人』
瞬きさえしなかった男の口だけが、まるで人形のように動き、突然喋り出したのだ。
思わぬ状態となり、蒼真は電気の帯びた手をそのまま引っ込めた。
『こちらは《銜尾蛇》。今、死体を介して話している』
中国から遠く離れた地で喋る人形。
蒼真は6年前の船での光景と今の状況を重ねていた。
『そちらの様子は見えないし聞こえないが、我々の意思だけは伝えておく。《銜尾蛇》は現時点において、《死招蜥蜴》殲滅のために日本の方士と取引がしたい』
死体を操って話しているため、感情なく淡々と述べられてはいるが、れっきとした「銜尾蛇」の首領本人の言葉である。
蒼真、光は注意深くその言動を観察していた。
『目的達成まで、我々に敵対する意思はない。今、日本の京都にいる2人の《王》についても同様だ』
「……王? 何を言うてんねん」
王という単語にピンと来ていない光とは違い、蒼真は心当たりしかなかった。
だが、その中で引っかかったのは「2人」という発言。
自分の他にも「王の素質」を持つ者が近くにいる。
蒼真は危機感を覚えると共に、「銜尾蛇」の陰にあの情報屋の存在を感じていた。
「蒼真……どう思う? ほんまに『銜尾蛇』と手ぇ組めると思うか?」
「手を組むというより、互いの目的のために邪魔をし合わないという方が正しいかもしれません。ただし、『死招蜥蜴』とは関係ないところで危害を加えるようであれば、俺は問答無用で排除しますよ」
結城家と「銜尾蛇」には深い因縁があるが、それに固執して重要な物事を見失う方がいけない。
相手が敵対しないと言い、行動を起こさないのなら、蒼真から攻撃する必要はないのだ。
『現在、日本にいる《死招蜥蜴》のメンバーについてはそちらで処分してくれていい。彼らの所持物も全て任せよう。手始めにこの男が持っている薬物を渡しておく。自由に解析してくれ』
男の懐から白い粉の入った小さな袋を取り出すと、光に投げ渡す。
京都の魔法使いの間に流れている覚醒剤だ。
命を削ることで、文字通り魔法使用能力を一時的に覚醒させる厄介な代物だ。
『この死体の処理は我々がしておこう。それでは、共に目的のために協力しようじゃないか』
そう言うと、「銜尾蛇」首領に操られた男の死体は山の奥へ入っていった。
その姿もやがて見えなくなり、光は全ての式神を手元に戻した。
「やっぱり、これ使ってたんやろなぁ。あの死に方は普通やない」
光は受け取った小袋を数秒観察した後、ポケットにしまった。
死者が1人に対して得たのは小袋1つの薬物。
現物を手に入れたが、その流通ルートは未だ掴めていない。
「まぁ、今日のところはこれでええわ。やけどな、京都で好き勝手したんは絶対に後悔させたる」
敵の行動は「全能の陰陽師」、そして「妖の王」に火をつけた。
彼らはまだ、土御門光という陰陽師の恐ろしさを、結城蒼真という白鬼の非情さを知らない。
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