第43話 白き夏②

「ほら見て澪ちゃん! わんちゃんだよ、わんちゃん! チワワかな?」


「……マルチーズよ」


 白雪の久しぶりの外出で、蒼真達4人と付き添い人として如月と葉月が同行していた。

 6人で買い物を楽しんだ後、公園で休憩していた。

 いくら体調が良くなったとはいえ、休息を入れながらでないと白雪の体に不安がないとは言えない。


「いいよね、動物を飼うって。わんちゃんもいいけど、猫ちゃんもいいんだよねぇ」


 犬の散歩中の親子を眺めて白雪がはしゃぐ。

 彼女や蒼真の家では、動物を飼っていない。

 体調を崩した白雪にとって、動物から寄生虫やウイルスが感染ると重症化の可能性が高くなる。


「ほら、白雪ちゃん。日陰に入りなさい。水分補給もしっかりしておかないと、暑いんだから熱中症になっちゃうわよ」


「ありがとう、葉月さん。葉月さんも気をつけてね」


 葉月からスポーツドリンクを受け取ると、白雪は一口含む。

 冷たい液体が渇いた喉を潤していった。


「蒼真さんのおかげで外に出られました。本当にありがとうございます」


「別に俺だけがやった訳じゃないぞ。父上や黎明さんの手助けもあってのことだ。それに、白雪も良く頑張ってくれたな」


 蒼真は公園のベンチに座ると、白雪を横に呼び寄せた。

 ベンチに座るのは蒼真、白雪、澪、葉月の4人。

 2人目の付き添い人の如月は、公園の外周コースを走りたいと言う直夜を追って行ってしまった。

 白雪との外出のため、この日の訓練は休みになっているのだが、直夜はどうも体を動かしていないといけないらしい。


「直夜には困ったものだわ。私との訓練でも、魔法の練習よりも体を鍛えてばかりなんだもの」


「でも、体を鍛えるのは直夜くんにとっては大事なことよ。成長して夜一さんくらいの大柄な体格になったら、体が丈夫なだけで大きな武器になるの」


 結城家傘下の者の中で一二を争うほど、夜一は背が高く、屈強な人物だ。

 その夜一の身長を、中学校に進学した直夜が抜くことになり、鍛え上げられた筋肉から近接戦闘では相当な強さを得ることになる。


「澪ちゃんも直夜くんも訓練してるのに、私はいつも寝たきりで……やっぱり、私も訓練に参加した方がいいですよね……」


「そんな事はない。何よりも優先しないといけないのは、調子を崩す頻度を減らす事だろうな。今日みたいに調子が良い日が続くようになってから訓練を始めれば良い。白雪には雪女の能力と、大量の魔力があるからすぐに追いつけるはずだ」


「訓練の話は置いておいて……気になっていたんだけど、蒼真って『月の忍び』になってどんな事をしているの? 私達と訓練をしないようになってから、会う時間も減った訳だし」


「情報収集が俺の主な仕事だな。と言っても、前までやっていた訓練の延長線上のようなものだ。式を出せるだけ出したり、霜月さんのハッキングを手伝ったりな」


「さらっとハッキングって……ご当主様も霜月も、まだ小学生の蒼真様になにをさせてるのよ……」


 葉月が唖然とした顔で呟いた。

 彼女は隠密行動、裏工作を得意とする魔法使いであり、情報機器の扱いはめっぽう苦手だ。そのため、霜月のように機械を用いての指令は滅多にない。


「葉月さん、機械系が本当に苦手ですもんね。看病しにきてくれた時も、いろんなリモコンが故障しちゃったし」


 ちなみに、白雪の部屋に備え付けてある冷暖房のリモコンは霜月により何度も修理されている。

 葉月が機械を壊し、霜月へ持っていく度に「何度壊せば気が済むんだ」と睨みつけられるのが恒例になっていた。


「私だって、成長しているんですよ! 『月の忍び』が使ってる通信機器だって、壊す頻度も減ってきてるし……」


 そう言って取り出した携帯の画面はバキバキに割れ、電源もつくか怪しい。


「……それって、もう壊れてるんじゃないですか?」


「……本当だ……壊れてる」


 いつまで経っても画面が明るくならない携帯を葉月はポケットにしまった。


「ま、まぁ私の機械音痴はいいとして、私は一度本家に戻ろうと思います。ショッピングで荷物が増えたことですし……連絡手段も無いですし」


「そうですか……結構荷物の量がありますけど、お手伝いしましょうか?」


「大丈夫よ、澪ちゃん。1人で持っていけるわ。何しろ葉月さんですからね! すぐここに戻ってくるから、如月にも伝えておいてね」


 両腕に大量の袋を吊り下げて、葉月は足早に公園から去っていった。

 最低限の荷物だけを持ち、身軽になった3人は直夜と如月が戻ってくるまで、ベンチに座り待つことにした。


「それにしても、直夜くん達遅いね。どこまで行ったんだろう?」


「意外とこの公園って広いから……それに直夜のことだから、一周では終わらないでしょう。如月さんがついているとはいえ、あの人なら直夜が走りたいって言うのを強くは止められないでしょうしね」


 澪はため息をついた。

 如月は公私混同しない人間であるが、身内に対してはとても優しい。と言うよりも甘い。

 蒼真達が頼めば、大抵のことはやろうとしてくれる。


「でも、俺達3人だけとは珍しいな。俺がいないことはあっても、直夜だけがいないことなんて少ないしな」


 蒼真は「月の忍び」としての任務があると、1人で長時間家を離れることがある。

 その上、不定期的に謙一郎から任務を命じられるため、4人で集まると約束している時にその約束を反故にすることもしばしばある。

 しかし直夜と澪は別のメニューで訓練をするものの、同時刻に行なっているため、蒼真のように予定を立てづらくなることはない。


「あれだけ鍛えてどうするつもりよ……。魔法の訓練をする方が実力をつけられるのに」


「直夜は俺達よりも、魔力量が少ないからな。澪みたいにたくさんの魔法を身につけるよりも、体の頑丈さを活かした体術を極める方が向いている」


 人には得手不得手がある。

 蒼真は緻密な魔法が、澪は高出力の魔法が、直夜は体術が。

 得意な分野を伸ばし、苦手な分野は補い合う。

 それが結城家であり、百鬼夜行の戦い方だ。

 しかし例外も存在する。

 それが蒼真と「月の忍び」の一部メンバーだ。

 蒼真の白鬼の力は、その圧倒的な魔力、身体能力でカバーできてしまう。

 如月や師走達は誰と組んで任務にあたっても、バックアップできるオールラウンダーになることを目的に鍛えられてきた。

 飛び抜けた才能は無くても、人には適材適所がある。

 与えられた場で、自分に適した行動が出来ることこそが結城家では重要視されているのだ。


「直夜なりに考えがあるだろうし、あまり口出しをしすぎるのも悪い。今は俺達も自分を磨く時だ」


 直夜が体を過度に鍛え始めたのは、魔法手術を受けてからだ。

 防御のための力を手に入れた彼は、もともと適性の低かった魔法操作をきっぱりと諦め、強化魔法の効果を高めるようになった。

 それも、結城家の盾としての役目を果たすためだ。


「そっか、直夜君もいろいろ考えているんだね」


「わからないわよ。直夜の事だから、何も考えないまま鍛えてるのかもしれないわ。ほら、単純だから」


 この場に直夜がいたなら、暗に頭が悪いと馬鹿にされたことに猛抗議していただろう。

 しかし今は本人がいないし、残念だがそれに異議を唱える者もいない。


「そうだ。今から飲み物を買いに行こうと思うんだけど、一緒に買ってきましょうか?」


 このままでは直夜への愚痴が飛び出そうだったため、話を変えようと澪が立ち上がった。


「葉月さんから貰ったドリンクも無くなってきたし、私も買いに行くよ」


「病弱人は大人しく座ってて。蒼真も何かいる?」


 澪は立ち上がろうとする白雪を涼しい日陰に押し込める。

 不服そうな表情の白雪だが、こればかりは仕方がない。


「俺の分はいいから、直夜の分を買ってきてやってくれ。計画性も無く走ってるだろうから、戻ってきたら水分なんて持ってないだろ。俺はここで白雪を見ておくから、気にせずに行ってくれ」


 目的の自動販売機は彼らの視界に入る範囲内には無い。

 澪は自分の鞄を持つと、蒼真達を振り返ることなく歩き出した。

 彼女の姿が見えなくなると、無言のまま白雪の体が少しずつ揺れ始めた。


「あ、あの蒼真さん……私、トイレに……」


 葉月に勧められるがままに大量の水を摂取したことが原因だった。


「場所はわかるか? わからなかったら、ついていくが……」


「大丈夫です! 1人で行ってくるので、待っていてください。そんなに遠くないので、澪ちゃんが戻って来る頃には帰ってきますから」


 駆け足で離れていく白雪を見送ると、蒼真はこの僅かな時間で1人きりになっていた。

 彼にとって、1人でいるのは苦ではない。

 空を見上げると、雲ひとつなかったはずの空に、いつのまにか入道雲が西から近づいて来ていた。

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