第42話 白き夏①

 西暦2994年の夏。

 この年は記録的な猛暑が続く異常な夏だった。

 外気に晒されているだけで汗が吹き出し、体調不良で病院に運ばれるといったニュースが連日放送されていた。

 当時は現在よりも身体が弱かった白雪は、暑さで倒れる日が多くあった。

 そんな彼女が寝込む部屋には、示し合わせたかのように蒼真、直夜、澪の3人が揃って現れる。

 この頃になると、蒼真は「月の忍び」の「卯月」に選ばれ、その任務があった。直夜と澪もそれぞれ別のメニューでの訓練をしていたため、3人で時間を合わせるのは難しかったのだが、白雪の見舞いの時だけは全員が揃うのだから不思議なものだ。


「白雪……あなた、身体が弱いんだから無理しちゃダメよ。何かあったらいつでも呼んでいいからね」


「ごめんね、れいちゃん……。そうまさんも、なおやくんも、いつもきてくれてありがとうね」


 幼馴染が揃ったことで安心した表情を見せる白雪だが、身体の状態はあまり良くなっていない。

 蒼真の目には、白雪の魔力が彼女の身体を傷つけながら飛び出しているように見えた。

 その過剰な魔力のせいもあって、部屋の温度は気温よりもかなり低い。

 彼女の暴走した魔力は、無意識下で彼女の能力を発動し続けているのだ。

 白雪の持つ能力、それは雪女の能力だ。

 蒼真の祖先が鬼であり、稲荷の祖先が妖狐であるように、白雪の祖先は雪女だった。

 妖怪としては力の強い部類に分けられる雪女の魔力により、彼女は苦しめられていたのだ。


「そうまさん……わたしね、からだのちょうしがよくなったらね……みんなでそとにでかけたいの」


「わかった。父上には伝えておくから、早く治そうな」


 白雪が差し出した手を取り、蒼真は側で答えた。

 ここで蒼真は白雪の症状を見ているうちに、あることに気がついた。


(……魔力の暴走なら、俺の能力でどうにかなるんじゃないか?)


 彼の能力、魔素と魔力の操作は発展途上でまだまだ未熟だったが、試してみる価値はあると彼は感じた。


「白雪、試してみたい事がある。無理をさせるつもりは無いんだが——」


「おねがいします。そうまさんのすることなら、だいじょうぶだってしんじてますから」


 蒼真は白雪の手を取ったまま、魔力のコントロールに全力を注ぐ。

 白雪の荒れ狂う魔力を、自分の元へと循環させる。

 そして、自分のものになった魔力を体外へ発散する。

 それと並行して白雪の魔力を抑えつける。

 単純な操作の組み合わせのようだが、同時に行うというのが随分と難しい。

 今ではこの程度の魔力操作は容易にできるようになったが、この時はまだ個々の力を分けて使うことしか出来なかった。

 しかし、彼には同時に行う必要があった。

 魔力を循環させなければ他の作業に支障が出るし、魔力の発散をさせなければ蒼真の魔力量が許容範囲を超えてしまう。

 それ以前に白雪の魔力を抑えておかないと、荒れた魔力の操作は難しいのだ。

 蒼真の使用したこの方法は、白雪の封印として改良を加えた形で利用されることになる。


「……平気か? 体調はどうだ?」


「わたしはだいじょうぶです……でも、そうまさんは……」


 蒼真は極度の集中により、額に汗が滲んでいた。

 その汗を澪がタオルで拭う。


「蒼真こそ、無理をしないで。あなたまで倒れたらどうするの」


「白雪が元気になっても、蒼真がいないとダメだろ。ちゃんと4人でいないと意味ないって」


 澪と直夜に止められ、蒼真は白雪の手を離して作業を中断した。

 心なしか、白雪の表情は落ち着いているように見える。一時的にではあるが、蒼真が行った処置は効果が見受けられた。


「ありがとう、蒼真さん。おかげで少し体が軽くなりました」


 白雪は仰向けの状態から上体を起こす。

 彼女の体の調子は目に見えて良くなり、彼女から発せられる雪女の冷気はほとんど感じられ無い。


「あっ、そろそろ訓練の時間だ。自分は先に帰るけど、蒼真と澪はどうする? ここに残るか?」


 蒼真が白雪の魔力を操作している間、部屋の空気は張り詰めており4人の体感時間は実際よりも短く、毎日の訓練時間が迫っているのに直夜は気づかなかった。


「私も行くわ。また今度ね、白雪。元気になったら、絶対に外に行きましょうね」


「じゃあまた今度な。蒼真、白雪」


 直夜と澪が去った部屋の中は、静かなものだった。

 言葉数の少ない蒼真と白雪では、会話は多くはないが2人とも居心地悪く感じることはない。

 白雪にとって、側に蒼真がいるだけで十分だった。


「……なぁ、白雪。早く治そうな。俺も全力で協力するからな」


「……はい。いつか必ず治して、蒼真さんの役に立ちます。私の存在はその為にありますから」


「そんなのはいい。直夜も守護者になって、俺の為に強くなるとか言ってるが、俺はお前達には自分の為に生きてほしい。結城家とか鬼人化は関係なく」


 蒼真は本音を漏らしていた。

 直夜や澪がいたならば決して出来なかった話だったが、何故か白雪が相手だと自然と言葉が紡がれる。


「私は、あなたが結城家の人だから頑張るんじゃないんです。蒼真さんだから、あなたの為になりたいんです。きっと澪ちゃんや直夜くんだって、同じ気持ちですよ」


 白雪はひんやりした両手で蒼真の手を包み込む。

 蒼真から白雪へ、肌を通して体温が伝わる。


「蒼真さん……私達を置いて行かないでくださいね……。4人で1つ、私はそう思ってますから」


「当たり前だ。俺はお前達から離れて行ったりしない。約束だ」


 固く結ばれた4人の絆。それは今も変わることはない。

 そして1週間後。蒼真の治療の効果もあり、白雪は自由に歩き回れるほどの回復を見せることになる。

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