第10話 生徒会室

 今日の授業が全て終わり、蒼真は志乃と2人で生徒会室へと向かっていた。

 朝、説明が中途半端だったのを思い出したのか、志乃は歩いている間ずっとため息をついている。


「失礼します」


 生徒会室の前まで来た2人は、ドアをノックして中を覗いてみたが、そこには誰も見当たらなかった。


「先輩達が来るまで、中で座って待っていようか」


 志乃の提案で、2人は部屋に置いてあるソファーに座ろうと移動したのだが……。


「きゃっ!」


 不意に志乃が小さく悲鳴を上げた。


「どうしたんだ?」


「いや……蒼真君、ちょっと……」


 彼女は困ったような表情でソファーの上を指差した。


「なぜこんなところで……」


 それを見た蒼真も呆れてため息をついた。

 彼らの目線の先にいたのは、ソファーの上で爆睡している生徒会副会長、雨宮香織であった。


「副会長、起きてください。風邪ひきますよ」


 春とはいえ最近は肌寒い日もあり、そんな中ブランケットもかけずに寝ている香織を心配してか、志乃は彼女を揺すって起こそうとした。


「……起きないね」


「……起きないな」


 どれだけ揺すっても彼女は一向に目を覚まそうとしない。そんな彼女を見て、蒼真は同じように起きようとしない直夜の事を思い出していた。


 2人が熟睡した香織を起こすのを諦め、向かいのソファーに座った時、入り口からピッという電子音が聞こえてきた。

 彼らが入り口の方を見ると、ドアが開き部屋の中へ恵が入ってきた。


「あら、2人共早かったのね。待たせちゃったかしら?」


「いえ、そんな事はないです。あの……」


 志乃はずっとソファーの上で寝ている香織の事を話した。


「あっ、香織ちゃんのことなら心配しないでね。授業の課題が早く終わった時は、よくここに来て寝てるのよ。生徒会室なら、私達以外誰も入ってこないしね」


「そうなんですね」


 授業の課題を早く終わらせる事が出来るという事は、やはり香織も魔法高校生の例に漏れず、頭がいいのであろう。

 その頭脳はいろはに次ぐ学年2位で、容姿端麗な顔立ちも相まって後輩から人気がある。

 だか後輩の目の前で寝ている姿を見せてしまえば、その絶大な人気もどうなることやら……。


「起こさなくてもいいんですか?」


「とりあえず、いろはちゃんが来るまではそっとしておいてあげましょう」


 深すぎる睡眠に少し心配になる志乃だったが、恵にとっては日常茶飯事である。

 恵は香織の頭を優しく撫でるが、起きる気配は微塵も無い。


「あの、赤木先輩は今日はいないんですね」


 蒼真達の役職決めの時は生徒会室に来ていた一彦だが、この日も、蒼真が初めて生徒会室を訪れた日もこの部屋では姿を見ていない。


「一彦君なら他にも仕事を任せてあるから、すぐには来れないと思うわ」


「赤木先輩っていつも仕事されてますよね」


「あら、蒼真君。私がさせてる訳じゃないのよ。そんな疑うような目を向けないで。先輩は悲しいわ」


「そんな目してませんよ。あと、泣いているふりもやめてください」


 蒼真が答えると、恵はやはり楽しそうにしている。

 そんな和やかな雰囲気の中、再び入り口の方から電子音が鳴った。


「いろはちゃんが来たようね」


「会長、あのピッていう音って何なんですか?」


 先程から人が来るたびに鳴っている電子音の事が気になっていた志乃が恵に尋ねる。


「あっ、伝えるのを忘れてた! あの音はね、生徒会役員に渡されているICカードをドアの鍵のところにかざして解錠する時に鳴るの。ごめんなさい、カードを渡すのを忘れていたわ。また後で渡すわね」


「そういう風になっているんですか」


 蒼真達が生徒会室にカード無しで入れたのは、香織が解錠した後に施錠を忘れたまま眠ってしまったからだった。

 そこまで話していると、いろはがゆっくりとした足取りで中へ入ってきた。


「遅れてすみません。お待たせしましたぁ」


「いいのよ。まずは香織ちゃんをいつも通り起こしてあげて」


 そう言われたいろはは、透明の液体が入った小さな瓶を鞄から取り出した。

 今からいろはが何をするかを知っている恵は、上機嫌で眺めている。対照的に1年生2人は、一体何をするのかとじっといろはの行動を見つめている。

 3人から見られているのも気にせず、彼女は瓶を傾けて香織のまぶたの上に数滴液体を垂らした。


「ふぁっ! はぁぁ!!」


 液体をかけられた香織は、ずっと寝ていたのが嘘のような素早い動きで飛び起きた。


「香織さん、おはようございますぅ」


「おい! アタシに今日は何かけたんだよ!」


 そう言いながら、部屋に備え付けられている洗面台で一生懸命に顔を洗っている。


「何って特製の目覚まし液ですよぉ。ちょっとスーっとするやつですぅ。涼しくなってますかぁ?」


「涼しいどころじゃない! もう涼しい通り越して目が痛いんだけど! 絶対にこれ人にかけて良い物じゃないって!」


「そうですかぁ。まだまだ改良の余地はありそうですねぇ」


 必死に顔を洗う香織をよそに、いろははいつものようにのんびりとしていた。

 そんな様子を見ていた志乃は開いた口が塞がらないといったような感じだ。


「恐ろしい物作りやがって……まだひりひりするんだけど……」


 大量の水で洗ってもまだ痛みが残っているのか、険しい顔で香織はいろはの横に座った。


「何であんなの作ってるんだよ。いつもはもっと違う起こし方だろ」


 香織は愚痴をこぼすように言った。


「いつも香織さんはぐっすり寝てますからねぇ。どうやって起こせば目が冴えるか考えてたら、この方法を思いつきましたぁ」


「アンタ見た目と違ってえげつない事思いつくんだな。で、その液はどうやって作ってるんだ?」


「それは秘密ですぅ。真似されて報復されると困りますからねぇ」


 いろはは少し嬉しそうに微笑んだ。


「さて、いろはちゃんも来て香織ちゃんが起きた事だし、その話も置いておいて今日の仕事の本題に移りましょうか」


 恵は手を叩いてそう言った。そしてその後に話を続ける。


「1年生2人は初めてだから、説明をしておくわね。香織ちゃんもいろはちゃんも一応確認しておいてね。今日から部活勧誘が始まる訳だけど、まずは勧誘中に不正やトラブルが起こる可能性があるから、それの見回りがするのがうちの仕事の中心になってくるわ。まぁそれは風紀委員とも合同でする事になっているから、心配しなくても大丈夫よ」


 恵の最後の言葉を聞いて、志乃はほっとした表情を見せた。

 実力者揃いの風紀委員がついていれば、争いの苦手な彼女でも大丈夫だと感じたのだ。


「あとは、各団体のポスターの使用許可を出したり、書類整理が主な仕事よ。今日の仕事の分担は……そうね……志乃さんは私とここに残って事務作業にしましょうか。あとの3人は、風紀委員の会議室に行って智美の指示に従ってね」


「その、智美さんってどなたですかぁ? 私達も知っている方ですかぁ?」


 突如出てきた「智美」という名前に、誰だかわかっていない4人を代表するようにして、いろはが尋ねた。


「あれ、言ってなかったかしら? 風紀委員長よ」


「あっ、早乙女委員長の事でしたか」


 今度は香織が答えた。

 風紀委員長の早乙女智美のことなら、フルネームでは知らなくても、名字は生徒の誰もが知っている。


「じゃあそういう事だから、風紀委員と一緒に頑張ってきてね」


 恵が3人を笑顔で送り出した。

 蒼真は、彼女のこの笑顔には何か裏があるのではないかと思っていた。ほとんど本能的に。

 彼がそんな事を考えているのもつゆ知らず、万が一にも部活勧誘のトラブルに巻き込まれる事もない生徒会室での仕事に割り振られ、安堵の表情を浮かべている志乃であったが、その彼女を見た2年生の2人は気の毒そうな表情をしていた。

 すぐに志乃はその意味を知る事になるのだが……。 

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