第8話 集会
次の日の朝早く、蒼真は生徒会室にいた。
授業開始まで、まだかなり時間があるが、そこには生徒会役員全員が揃っている。
「みんなおはよう。今日は集会で新役員の発表があるわよ。よろしくね」
「お前もスピーチがあるだろ。ちゃんと考えてるのか?」
一彦は、集会のスピーチに向けて何の用意もしていない恵に心配そうに尋ねた。
「そんなの大丈夫よ。私はいつも通りするだけ。事前に話す事を考えるより、何を話すかを考えながら話す方が私のやり方に合ってるのよ。心配ありがとう、一彦君」
あの恵から感謝の言葉が出てきた事に、蒼真が少し驚いたのは伏せておこう。
「会長っていつもそんな感じでスピーチしてたんですかぁ?」
「ええ」
「すごいですね。アタシには絶対できないです」
「そんな事ないわよ。慣れると簡単よ」
集会では全校生徒の前に出るにもかかわらず、緊張感のない先輩達を蒼真と志乃は見ていた。
「1年間生徒会にいたら、ああいう風になるのかしら?」
「いや、あの人達だけだろう」
蒼真の性格上、1年間この環境で過ごしても恵達のように明るく話す事はないだろうし、志乃は緊張感を持ったままになる事が予想できる。
「おい恵。1年が呆れた目で見てるぞ」
1年生2人の視線に気づいた一彦が、恵を茶化すように言う。
「えっ! ひどいなぁ。でも、蒼真君っていつもあんな目をしてると思うわよ」
「会長。さすがの俺でも、いつもって訳ではないですよ」
「そうかしら? 結構私って、人を見る目があると思うんだけど」
恵は楽しげに笑った。いつのまにか、蒼真をからかうのが日々の楽しみになっているようである。
「みなさんお話の途中ですが、そろそろ時間だと思いますよ」
時間を確認していた志乃が、他の役員に向けて言った。
現在時刻は8時30分。
9時から始まる全校集会には、他の生徒よりも早く講堂にいなければならないが、少し早い。
予定時間に余裕を持って行動するという、志乃の性格が出ているのだ。
「もうそんな時間ですかぁ。思っているより時間が経つのは早いですねぇ」
「じゃあ行きましょうか」
少し早いが、6人は生徒会室を出て集会の行われる講堂へと向かった。
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6人が講堂に着くと、そこでは立花が待っていた。
「あれ? なぜ立花先生がここに?」
1-Aの担任である彼女に志乃が尋ねた。
「光阪さんから聞いてないですか? 私は生徒会の顧問をしてるんですよ」
「そうなんですか。よろしくお願いします」
「まぁ顧問といっても、生徒会の活動に関しては基本的に会長に任せるのが学校の方針なので、顧問らしい事は出来ていないんですけどね」
そう言って彼女は苦笑いをした。
生徒会の顧問が今まで生徒会室に訪れなかったのは、学校からの方針だったのだ。
「光阪さん、そろそろ集会も始まりますからよろしくお願いしますね」
「わかりました。任せておいてください」
そんなやりとりをしているうちに、続々と講堂へ生徒が入ってきた。
1学年200人、3学年分と留学生など合わせて約600人が集まった光景は、前に立つ者達に圧迫感を感じさせる。
「やっぱり、人が入ってきたら緊張しますねぇ。香織さんもそう思いませんかぁ?」
「お前の鈍い声からは緊張感を微塵も感じないけどな。まぁアタシ達は今回喋ることもないし、そんなに緊張する事もないだろ」
どんな場面でも軸がぶれない2年生とは対照的に、志乃は緊張のあまり体が硬直してしまっていた。
そんな志乃の姿に気づいた蒼真は、迷った結果彼女に声を掛ける事にした。
「志乃。大丈夫か? 緊張するだろうが、集会ぎ終わるまでの辛抱だ」
「え、ええ。だ、大丈夫……かな?」
大丈夫では無いようだ。顔がまだ青白い。
「先輩達はすごいね。こんな大勢の前で、全く緊張してないし」
「これが1年間の経験の差なんだろうな」
そう言う蒼真も全く緊張をしているようには見えない。
いや、本当にしていないのだ。彼のメンタルは強靭である。
そんな状況の中、ようやく全校集会が始まろうとしていた。
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集会が始まり、まず最初に新生徒会役員と新風紀委員の任命があった。
その最中に蒼真は不知火と目が合ったが、不知火の方がきまり悪そうに視線をそらせていった。
やはり昨日の問題行動もあり、彼自身もいろいろと考えたのだろう。
生徒会役員の任命が始まると、その任命を見ている生徒達の中で、どういうシステムで生徒会役員が選出されるのかをわかっている者達は、今年の入試成績のトップはこの2人なのかと、少しざわついていた。
こうして任命が終わり、蒼真は正式に生徒会副会長となったのである。
その後に校長の話、会長である恵のスピーチと続いた。
そこには、普段後輩をいじる大変な性格の先輩の姿ではなく、全校生徒の前に立ち、堂々と話す生徒会長である光阪恵の姿があった。
集会は順調に進められ、最後に一彦が今年度の部活動の予算会議で決まった事の発表や連絡事項の確認をして、全校集会は予定通り終わった。
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集会が終わり、蒼真達生徒会役員は生徒が出て行った講堂の中にまだ残っていた。
「ふぅ、今日の集会もうまくいったわね」
「そうだな。でも今日の放課後からは部活の勧誘が始まるから、また忙しくなるだろうな」
「そうですねぇ。去年は大変だったなぁ」
いろはは去年の事を思い出し、天井を見上げた。
「ほんとだな。怪我人が出ないといいけど」
怪我人という不穏なワードを聞いた志乃が、不安を隠しきれずに尋ねた。
「あの、先輩。部活勧誘ってそんなに危ないんですか? だって、部活に誘うだけですよ?」
「あら、志乃さん気になる? じゃあ放課後に生徒会室まで来てね」
「か、会長! ちゃんと教えてくださいよ!」
焦る志乃を見て、恵はとても楽しそうにしている。
やはり、人をからかうのが好きなドSタイプなのだろう。
「ちゃんと授業に間に合うように教室に戻るのよ。しゃあお先にねー」
そう言って恵は、笑いながら一足先に帰って行った。
「すまないな、明智。あいつはいつもあんな奴なんだ。諦めて今年1年は頑張ってくれ」
先に教室に帰ってしまった恵の代わりに謝る一彦。
恵に振り回されている生徒会をしっかりと支えているのは、間違いなく彼だろう。
「でも、なんだか会長って1年生が入ってきてから楽しそうですねぇ」
「同意見だな。からかいがいがあるというか、ブレーキが壊れたというか……」
「そうですか……」
志乃は半ば諦めたような表情になった。
彼女は恵に今後、生徒会も関係なく振り回され続ける事になるのだが、それは別の話だ。
「アタシ達も教室に戻ろうか。生徒会役員が遅刻はまずい」
「そうですねぇ。じゃあみなさん、また放課後ですねぇ」
残された5人は、授業に遅れないようにそれぞれの教室へと向かって行った。
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蒼真と志乃が教室に向かっている最中、志乃は何かぶつぶつ呟いている。
「……」
きっと放課後の仕事の事だろうと察した蒼真は、仕事の内容を聞くまではその事には触れないようにしようと思った。
「……ねえ蒼真君」
「……何だ?」
「……やっぱり、何でもない」
志乃は蒼真に放課後の事を相談しようと思ったのだろうが、相談してどうにかなる事ではないという事がわからないほど彼女の頭は悪くなかった。
今日、志乃のため息の数が人生で1番多い日となった。
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少し暗い顔をした彼らが教室に着くと、まだ授業は始まっておらず、ワイワイと話し声がしていた。
「おっ、蒼真。お疲れさん」
自分の席まで戻ってきた蒼真に、修悟の机に座っている直夜が声を掛けた。
「ちゃんと自分の席に座れ。修悟が困ってるだろう」
「いや、大丈夫だよ。直夜の性格もわかってきたし」
修悟はその優しい表情を崩さずにいる。
「ほら、大丈夫だって」
「お前も修悟に甘えてばかりいるなよ。もうすぐ授業が始まるぞ。早く自分の席につけ」
「わかったわかった。さすがは副会長様だ。真面目でいらっしゃる」
そんな軽口を叩きながら直夜は自分の席に戻った。
「いつも悪いな。俺がいない間、あんな奴の面倒を見させるみたいになって」
蒼真は、横にいる修悟に申し訳なさそう謝った。
「そんなの気にしなくていいって。なんか、友達と一緒にいるんだなぁって思うから、楽しいんだ」
本当に修悟は優しい男だ。
彼の周りの空気は、心なしか穏やかに見える。
「そろそろ授業が始まるね。……あっ、何か送られてきたよ」
授業開始時刻になり、それぞれの机のディスプレイに1時間目の授業資料などが送られてきた。
これを終わらせれば、授業はそこで終了となるのだ。
この技術が進んだ時代になり、学問を教える教師は少なくなった。
魔法高校の授業で、教師が生徒に直接教えるのは魔法実技くらいのものだ。
なので、今蒼真達が受けている数学は、それぞれが教材を読んで自分で理解しようとしている。
それができるほどに、送られてきた資料がわかりやすく、なおかつ生徒が優秀なのである。
そのような環境で午前中の授業は問題無く進んでいった。
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