第3話 秘密
結城蒼真は、1人で家の前まで帰ってきていた。
この1人という状況は、彼にとって都合が良いものであった。
なぜならば、彼には自分のごく身近な人物しか知らない「秘密」を持っていたからである。
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2984年10月2日、結城蒼真は京都で生まれた。
結城家は、平安時代より京都で「術」と呼ばれる当時の魔法のようなものを使ってきた。
この術というものが、後に伝わる妖怪を作り出していたのである。
そんな、術を使う「術師」(現在で言うところの魔法使い)の一族は数家あったのだが、中でも結城家とその親類は一段と強い力を持っていた。
それは一族に伝わる、ある術が隠されていたからであった。
その術こそ、蒼真の数ある秘密の1つである「鬼人化」である。
この鬼人化という術はただの術ではない。
対象者の体に直接、術を発動させるための魔法陣を書かなければならないのだ。
蒼真は6歳の時に、鬼人化の魔法陣を体に刻まれた。
その跡はすぐに消えたのだが、魔法陣の効果は体内で活き続けている。
もしも自らの力が弱まってしまうと、その魔法陣の力に呑み込まれ、暴走、もしくは死に至る危険がある。
例えば、牛鬼や百々目鬼などのもはや人の形を保つこともままならなくなった妖怪、怪物は鬼人化の力が暴走した術者の末の姿である。
また、結城家の血筋以外の者がこの術を使うと、確実に暴走するように改造されている。
そのような暴走するリスクを含む、諸刃の剣の様な術を背負ってでも、鬼人化は一族にとって重要かつ守り続けなければならない術なのである。
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蒼真は家のドアを開けた。
「ただいま」
すると、家の奥から2人の少年少女が玄関へと向かってきた。
「「おかえりなさいませ、若」」
「若はやめろと言っているだろ」
見事に重なった声に、蒼真は露骨に嫌そうな顔をした。
結城家では、一族の中で最も高い実力を持つ者が当主となる。
ここで言う実力とは、鬼人化した際の魔法的な強さの事で、術を発動した時に力の違いによって体の色が変わっている。
蒼真は鬼人化した際に最も力のある「白鬼」となることができる。
この白鬼は過去に3人しかいない。つまり、彼は4人目の白鬼となる。
よって、彼はいずれ家督を継ぎ当主となることが確実となっており、期待する者も多くいる。
「それより、俺達の秘密は誰にも漏らすんじゃないぞ。
「「わかっております」」
直夜、澪と呼ばれた2人は結城家から派遣された蒼真の守護者である。
守護者といっても、実際の実力で言えば蒼真の方が強い。それも蒼真が鬼人化を使わずともだ。
しかし、2人も決して弱い訳では無い。
直夜は蒼真よりも背が高く、鍛え上げられた筋肉は誰にも負けることないパワーを繰り出すことができる。
また、澪も女子の平均身長以上の体格を有し、何よりも魔法技術が並みの魔法使いと比べてずば抜けている。
異常なのは蒼真や「七元素」の実力者達の方なのだ。
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3人は澪が準備した夕食を済ませると、リビングで紅茶を飲みながら話していた。
「学校ではクラスメイトの方と、楽しげにお話しされていましたね」
「なんだ、見ていたのか。それとその喋り方はやめろ。守護者とはいえ、一応幼馴染なんだしな」
直夜と澪は蒼真の守護者であり、幼馴染であり、
「わかったよ。そうする」
平安時代に鬼人化の力を手に入れてから、結城家は社会の裏側の人間だ。
鬼として、妖怪として生きてきた。
しかし、彼らも表側の世界へ出ないわけにはいかない。表と裏の顔を併せ持つ事は、この闇が蔓延する魔法社会で生き抜くために必要なのだ。
「そういえば、結城の親父さんから連絡が来てたぞ」
「おい。そういう大事な事は早く言えよ」
「ほんと何してるの。いつもちょっと遅いわよ」
2人にそう責められた彼は、不服そうな顔をしながらテーブルの上の端末を操作し、立ち上がった蒼真の後ろに澪と並んで立った。
少し時間をおいてテーブルの向かい側に、ある男のホログラムが映し出された。
「こんばんは、父上。夜分遅くにすみません」
『構わんよ。元気そうだな、蒼真』
その男は
結城家の現当主である。
「父上、本日はどのような要件で?」
『いや、特に用があるという訳でもないが、今日はお前達3人の入学式だったからな。祝いの一言でも入れておこうと思ってな』
「そうですか。ありがとうございます」
組織のトップとして部下には厳格な態度で接する謙一郎ではあるが、今だけは息子と子供同然に大切にしてきた2人の守護者達に、1人の父親としての顔を見せていた。
『東京といえば、「七元素」と接触することもあるだろうが、お前のことだから大丈夫だとは思っているぞ』
「出来るだけ敵対しないようにはしますよ。厄介ごとは起こしたくはありませんし」
『そうか、それなら頼もしいな。それじゃあ、用件が終わったのにあまり長くしていると母さんに小言を言われるからな。そろそろ切るぞ』
「はい。あまり母上を怒らせないようにした方がいいですよ」
『言うようになったじゃないか。まぁとことん頑張れよ、次期当主。3人とも、高校入学おめでとう』
そう言ってホログラムは消えた。
「「……はぁ……」」
謙一郎の顔が見えなくなると、直夜と澪は同時にため息をついた。
「結城家関係の連絡って、何か緊張して疲れるんだよなぁ。肩に力が入るって言うか」
「同感ね」
「そうか? 俺はそれほどでもないが」
どうやら主人よりも、守護者の方が疲れるらしい。
「それより、お前ら親子ってほんと仲良いよな」
「普通だろ、これくらいなら。お前達はどうなんだ?」
「自分の所は守護者としての事務連絡くらいだな」
「私もそんな感じね。お父さんも京都で忙しいみたいだし」
蒼真は子供の頃からずっと一緒にいるこの守護者達のことでも、まだ知らない事があるんだと感じた。
「俺も一つ思い出した事があるんだが」
「何?」
「明日、生徒会室に行かないといけなくなった」
「もう学校で何かやらかしたのか?」
「何故そうなるんだ。俺がそんな目立つ事する訳ないだろ」
直夜は、生徒会室に呼ばれるイコール何か問題を起こすだと考えているようだ。
「それもそうだ。面倒な事嫌いだもんな」
「今までずっと、お前が面倒事を起こしてくるからだろう。毎回毎回俺達で後始末をやってるんだぞ」
今にも言い合いが始まりそうな雰囲気になったところで、澪が間に入った。
「はいはい2人とも落ち着いて。そろそろ寝るわよ。明日も学校があるんだし」
時刻は0時を少し過ぎたくらい。高校生の就寝時間にしては少し早い気もする。
「まだ大丈夫だろ」
「何言ってるの、直夜。あなた一番朝が弱いじゃない。私達と目覚まし時計無しで、ちゃんと起きれるの?」
「すみません。もう寝ます」
痛い所を突かれ、直夜はそそくさと自分の寝室へ戻るべくリビングを出ていった。
蒼真は、そんな様子を見ながら少し微笑んでいた。
「あら、どうして笑ってるの?」
彼の表情に気づいた澪は、また微笑みながら尋ねた。
「いや、今日もいい日だったなと思ってな」
「そうね。でもまだ1日目ですからね。明日からも頑張ってくださいませ、若」
そう言って澪も寝室へと向かって行った。
1人リビングに残った蒼真もカップに残った紅茶を飲み干すと、寝室へ行き、眠りについた。
こうして、高校生活の初日が幕を閉じた。
激動の高校生活が始まった一日が。
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