第23話 裏切ったのではない。表返ったのだ

 これはまずい。そう感じ、とっさに横に飛ぶ。

 私が元居た場所を見ると、そこにはユウトの姿があり、私の立っていた場所は彼の剣―カミカゼ―によって真っ二つにされていた。あれは私を殺すつもりで振るったな。

 ユウトはゆっくりとこちらを向く。その表情はかつてないほど険しい。

「ユウト……貴様……」

「貴様!魔王ミヤモトガイロン!よくもヨーク王を!そうか!それが貴様の狙いか!」

 私の言葉を遮るように、ユウトは叫んだ。いや、実際にさえぎるつもりだったのだろう。こいつは最初から、私をここで裏切るつもりだったのだ。それで、私に余計なことを言わせまいとしているのだろう。死人に口なしを実践しようというわけだ。

 ユウトは間髪を入れずに、私に斬りかかってきた。私も即座にこの者と戦闘をする覚悟を決める。心の問題だ。もはや―認めたくないことだが、同時に認めざるを得ない―ユウトと私の間にほとんど実力差はない。その私にしても、一週間に及ぶ獄中生活によって、多少なりとも体がなまっている。傷んでいる。弱っている。この状態で、彼と戦うことは出来うるなら避けたいが、事ここに至っては致し方ない。後は気持ちの問題だ。

 私は精神論というものはあまり好きではないが、それでも実力が拮抗しているもの通しが戦闘を行う場合、最後にその勝敗を決めるのは、運である。その運を引き寄せるのは、気持ちである。

 そんな小難しいことを言わないでも、戦闘に集中している者とそうでない者とが戦う場合、その勝敗は明らかだろうという話だ。

「神刀流『暴風烈風』!」

「ちぃ『夜明秋水』」

 防御の方を選ぶ。私の一週間程度のブランクを解消する、体の鈍りをほぐす為にここは防御に専念させてもらう。

 それでも、ここで戦闘になることを予想できていなかったというのは、大きい。先ほどから防戦一方である。『夜明秋水』から、技を変更することができない。しかも、この勇者、依然戦った時よりも、さらに強くなっている。さばききれずに、小さいとはいえ擦過傷が体のいたるところに刻まれてゆく。この程度の傷だったら、回復魔法を使わずとも瞬時に直るのだが、いい気はしない。

「王都に帰還してから、貴様のことは調べさせてもらった……」

 斬り結びの中、ユウトが口を開く。随分と余裕があるな。私とは大違いだ。あるいは、余裕がないから言葉によって、私を揺さぶろうとしているのかもしれない。

「なんだ?貴様実は私に惚れていたりするのか?残念ながら、私は結婚していないが、だからといって男色の気があるわけではないぜ」

「その名前は意外とすぐに見つかったよ。かつて神刀流に所属しており、そして三〇〇年前に禁術に手を出し、魔物にその姿を変えた。そして!神刀流を絶滅に追いやった。大罪人だ。その上に、今また罪を重ねようというのか、貴様は!」

 そうか、そこまで知られたか。というか残ってたんだ、情報。まあ、三〇〇年前といえども、普通に大量殺人犯だしな。英雄と呼ぶには量が足りないし、敵兵を殺してもない。

 ユウトのことだ。私を裏切ることは最初から考えていただろう。しかし、そうでない選択肢もあったはずだ。そうでなければ、私だって彼と結託したりはしない。その程度の選定眼は持っているつもりだ。

 それに、彼の憤りがすべて演技だとも考えられない。すると、彼の犯行を、裏切りを最後の最後で後押ししたのが、私の三〇〇年前の所業というわけか。因果応報とはよく言ったものだ。自分で自分の首を絞めている。

「だが、私も死にたいわけではないのでな」

 そうだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。死にたくは、ない。生存欲求はある程度ある。それに、外交官が死んでは、話にならない。最悪の場合、魔界とブリタン王国との間に戦争が起こるかもしれない。両方とも宣戦布告するとは考えられないから、事変といったほうが正しいかもしれないが。

「しかし、少しまずいな。人間を信用しすぎたのが、今回の間違いか。まったく。貴様らの心の中のほうが私には魔物より恐ろしいよ」

「戯言を、ほざくな!魔物めが!」

 ユウトの言葉に私はこらえきれず苦笑する。これが、私たちの、人間と魔物の行き着く先だとしたら、結局のところ我々の間に言葉の入る余地は無いということだ。

 随分と交渉しがいのない話でえある。

「実のところ、ここから逃げ出す程度のことはでいるのだがな。しかし、それでは私の気が収まらない、もとい貴様がそういう人間だと、信用に値する人間ではないと判明した以上、ここで、真の決着を……貴様を殺しておくことが賢明というものだろう」

「今やあなたの攻撃はすべて見切った。魔王ミヤモトガイロン、貴様の野望もたくらみもここで終わりだ、僕を殺すだって?やれるものならやってみろ、だ」

 そうかい。随分と自信にあふれる言葉だが、それがはったりや自信過剰といった類には思えない。

「そうかい。じゃあ、泣いても笑っても、貴様との戦闘もこれっきりというわけかお互い悔いのないようにしようぜ。じゃ、仕切り直しだ」

「……ミナイユウト、参る」

「ミヤモトガイロン、行こう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る