第21話 聖者には石を投げよ
話は、続く。
彼らは、国民は、自分の無力さを痛感している。だからこそ求めるのだ。自分の絶望、無力感、そこから生じるニヒリズムを忘れさせてくれる刹那的な快楽を
今回それに名誉ない選出をされたのが、生きて虜囚の辱めを受けた哀れな魔王、つまりは私なのだというだけである。
そして、全ての原因である退廃の匂いは王都にすら漂っていた。いや、此所こそがこの王都こそがこの匂いが発生し始めた最初の場所なのかもしれない。この国の民の顔には活気や生気というものは見い出せず、ただただ不気味な興奮と狂気―それをもたらしたのは他でも無い私であるが、それは恐らく私でなくとも、それこそ敵の名もなき兵士であっても、同じ事が起きていたであろう事は容易に想像できる―に包まれていた。
これでは、仕方ない。ユウトが革命を起こそうとするのも、理解できない話ではない。私が足繁く通っていた村は田舎であったが、田舎であるが故にこの空気に汚染されずにいたのだ。
「……人間共にとらわれるとは、奇妙なことだな。三〇〇年前を思い出す」
私は放り込まれた地下牢で、そう呟いていた。あの頃は逃げおおせたが、今回ばかりは捕まった。なんて、感傷にふけるふりをする。
結局、都中を引き回された末に、王様の顔を見ることなく、私はこの地下牢に入れられた。
漸く揺れなくなったかと思えば、今度は尻が冷える。まったく困ったことである。この国の国民性を疑う。とはいっても、私は囚われの身であり、そういったもてなしの類いのものを要求できない立場であるのだが。
魔力封じの腕輪はそのままであり、兵士達はこれに何の細工も施していないと信じているようであった。
人間は得てして、奇妙な生き物であり、時にひどく視野が狭くなり、自分の見たいもの以外はその眼の内に入らない時がある。
王都の人間―特に軍の上層部―は今まさにこの状況になっているらしく、魔王と勇者が結託し、革命を企てているとはだれも考えていない。
勇者が魔王をとらえた。その単純な勧善懲悪を具現化したような状況こそが、真実であると信じ込んでいるのだ。
自分が彼らに行った仕打ちを忘れ、そのせいで自分たちがその身分を追われるとはつゆほども思いもせずに。
それはともかくとして。
「えーと、俺の体内時計が正しければ、投獄されてから一週間程度たったころだな。まったくいつまで放っておくつもりなんだ?忘れ去らているのは、俺なんじゃないのか?」
少ないとはいえ、食事が出る以上、その心配はなさそうだが。
その食事だが、信じられない程に少ない。一汁三菜の原則も守られず、パンと何だかわからないしなびた野菜が一つあるくらいだ。スープなど望むべくもなく、のどの渇きをいやすのは、補給される水と、壁を伝う水滴ぐらいだ。
それはともかく。
その日のことだった。ようやく檻が開き、真っ白な覆面を被った集団がそこに立っていた。まるでカルト教徒みたいだ。その内白人至上主義とか叫びだすんじゃないだろうか。
「へぇ、ずいぶんと厳めしいお客さんだな。いや、怪しいと言った方が良いか?生憎ここにはお茶もお茶請けもないが、ゆっくりしていってね」
拙いながらもコミュニケーションをとろうと試みた私であったが、それは残念ながら、実らなかった。というか黙殺された。ポツダム宣言を言い渡された日本政府か。
こうなると、自分がばかみたいである。覆面ズは沈黙を保ったまま、私の拘束に乗り出した。こちらはろくな抵抗もできないまま―というよりも、する気がない―みるみる間に、手を後ろ側に纏められ、目隠しまでもされてしまった。
我ながら、情けない限りである。
それに、この覆面集団も一言も言葉を発しない。魔王を拘束しているのだから、勝ち誇って、負けフラグの一つでも立ててほしいのだが、そのような気配はみじんも感じられない。
そのまま、引っ張られるままに歩かされる。すいぶん乱暴である。こちらは七日間にわたって、ろくに運動をしていないというのに、勝手なものだ。こいつらは絶対女にもてない。
歩き続けると、遠くから喧騒が近づいてきた。いや、近づいているのは私なのだ。そこに思い至ったとき、ふいに騒ぎが大きくなった。そして、目隠しされた私にもわかるほど、あたりが明かるくなった。屋外に出たのだ。
すると、今日が処刑の日か。私は今日殺されるのか。
「ここにおりますは、魔王ミヤモトガイロン!この者は長らく本来ヨーク王の治めるブリタン王国の領土である土地で魔王を使役し、狼藉の限りを働き、不法に占拠した。この罪によって、ここに処刑する!」
よくここまででたらめをしゃべるものだ。魔界は貴様たちの領地ではないし、その点は数千年前に決着がついている。弁舌師になれるんじゃないか。それとも日本総理に。彼の言葉はその後も続き、最終的にはヨーク王を賛美称賛する言葉となった。わかりやすい媚の売り方である。
「この者の処刑をこれより開始する!」
瞬間、爆発的な音が周囲を満たした。なんだ?幻樂団でも登場したのか?いや、これは人の声だ。歓声だ。ずいぶんと高尚な趣味を持った国民たちである。
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