第20話 無実の罪は何故発生するか
「ああ、そうだ」
ユウトは今思い出したように、人差し指を立て、そう叫んだ。
「僕が勝ったら、一つだけ質問に答えるという約束でしたよね。さあ、答えてもらいますよ」
そう言えば、そういう約束もしていたな。ええと、何だっけ。私が何処で神刀流を学んだのかということだったか。しかし、答えるわけにはいかなかった。
「俺は君達に負けたが、君には勝っている。残念ながら、その質問に答える義理はないな」
「そですか。しかし、そう言われると、何としても知りたくなってくるのが人情」
「そうだな。すると、君の革命が成功した暁には教えてやろう」
私の言葉を聞いた、ユウトは笑ってこう言った。
「それも、取引、ですか?僕が裏切らないための一つの策というわけだ」
「ま、そんな所だ」
それと、もう一つ。私が神刀流を絶滅させた、神刀流の使い手を全滅させたことを知った事によって生じる、ユウトの精神の変化を恐れてのことだ。最悪の場合、もう一度戦わなくてはいけなくなる。
ここで、もう一度彼と戦闘になるのは、私の望むべき所ではなかった。
以上で、私とユウトの交渉は纏まった。隠し事をしつつ、互いの利害を合わせた、結論に至ったわけだ。
魔王と勇者。古来より仇敵と知れ渡った二名のタッグが組まれた瞬間であった。恐らく前代未聞の出来事だろう。
「よし、交渉も纏まったことだし、このまま細部まで積めようじゃないか。どうやって、私が貴様達に生け捕りにされたという形に、するんだ?」
「そえは、これを使います」
ユウトが持ち出したのは、一対の手枷であった。
「これはアイリが内職で作ったものですが、付けたものの魔力を封じる力を持っています。それだけなら、多少珍しいものなのですが、これには細工がしてありまして、こう……」
ユウトが、その手枷を数度ねじり、叩くと、それは簡単に外れた。
「こうするとですね。外れるようになっているのです」
「成程。どれ……本当だ。こいつは素晴らしいな」
「ええ。これと、貴方から剣を取り上げておけば、貴方は無力だと、誰でも信じるでしょう」
ユウトはにっこりと笑って、そう言った。セールスマンみたいな奴だ。実演販売とでもしゃれ込んでいるつもりだろうか。
「では、刀を失礼……おっと、こいつは重いですね」
「魔物の力で振り回すことが前提の刀だからな。人間には扱えん。特にお前のような軽い獲物になれた奴にはな」
「厳しいですね……でも、貴方も人間状態の時もこれ使ってましたよね」
「それはアレだよ」
「何ですか」
「慣れだよ慣れ」
「…………」
ユウトは納得したわけでは無さそうであったが、沈黙という限りなく賢明な手段を選んだのであった。
ガタゴトガタゴトと、馬車に揺られて早数日。私はすっかり退屈していた。というのも、最初は新鮮に感じていた人間達の罵倒も、最早すっかり聞き飽きた代物となり、私の心を何ら動かないものになってしまったからだ。景色も似たようなものばかりだ。人間というものはもう少し面白がらせるという事について、知恵を絞った方が良い。実用性など、視覚を喜ばせることに比べたら、いくらほどの価値もあろうか。こんなことを言うから、人間失格になってしまうのだろうが。
ともかく私はあまりにも退屈なので、つれづれなるままに思考を飛ばすような真似まで始めてしまった。
題名は、人間の憎悪について、とでもするか。
私はあくまで魔物であるが故に、人間からようこそいらっしゃいましたなどと歓迎されようとは、夢にも思わなかったが、その私から見ても、人間の一種の熱狂とも言うべき、憎悪の噴出には閉口せざるを得なかった。私がゴールドスタインではないかと疑う程のものといえば、そのすさまじさが少しなりとも分かろうというものだ。
しかし、その原因にまでその思考を飛ばしてみると、どうやら魔物への憎しみからは来ていないようである。確かに、彼らにとって、魔物とは自分たちを襲う存在であって、憎くないはずがないのであるが、それにしたって、これは異常だ。おまけに魔物と人は一部不完全といえども棲み分けが出来ているので、そう言ういざこざは実際にはあまり起きていない。
魔王への憎悪が、魔物への憎悪から発生していないとみれば、それは一体どのような母体を持つのだろうか。
それを考えるとなると、私のような門外漢には中々見つけにくいのであるが、今回ばかりは、門外漢であるからこそその原因を発見できた。いや、発言できたと言った方が正しいかもしれない。
恐らく彼らは疲れているのだ。この国家の有様に。いや、飽き飽きしているといった方が良いのかもしれない。国民というものは、普段は愚鈍であり、家畜さながらの生物でありながら、以外に嗅覚に鋭い一面を持つ。その先天の才能が、この国にはびこる退廃の匂いを鋭敏に嗅ぎ当てているのだ。ユウト達から聞く限りにおいて、この国の腐敗具合はそれはそれは目を見張る物がある。
しかし、彼らは無力である。その鋭敏な嗅覚でかぎつけた危機を回避する方法を、彼らは知り得ない。いや、実態はもっとひどい。彼らはそれを危機と認知できていないのである。彼らの嗅覚は、往々にして彼らの思考の外に存在するのであり、彼らは、それを感じることは出来るが、考えることは出来ないのである。
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