第17話 正体

 ミヤモトガイロン。彼は私をそう言った。

 それは私の本名だ。ならば、どうやってそれを知った?

 私がミヤモトガイロンだと。

「ふうん。ミヤモトガイロンというのは、さっきそこの勇者君が言った、私に殺された人間だな。だが、それがどうして私だと?まさか幽霊が取り付いたわけではあるまい。それに、そう思うなら、どうして俺に斬りかかったそいつを取り押さえなかった?」

 私の質問に、テツガクは若干うろたえながらも、それに答える。

「私も、確信が持てなかったですから」

「それでも、何か、それを思いつくきっかけがあるだろう?名探偵さん?それを教えていただけないだろうか」

 私は冗談交じりにそう言った。いや、そうしなければ尋ねられなかった。

「最初に怪しいと思ったのは、あの村でした。あの、ユウトさんと貴方が決闘した夜、貴方の部屋の前を通りかかったとき、話し声が聞こえたのですよ。貴方は一人旅のはずだ。ならば、貴方の部屋から話し声がするのは、おかしいではないですか。そしたら、翌日になって、急にユウトと行動を共にすることを拒み始めた。その時に、この人には何やら裏があると思ったのですがね。魔王だなんて、考えなかった。せいぜい他国のスパイ程度にしか。

「そして、今日。貴方とユウトさんの決闘を見たとき、貴方がガイロンさんである事がはっきりと確信できました。神刀流は既に滅んだ流派である事は、ユウトさんから聞いています。その使い手がそうほいほい現れるはずがない。それに、ユウトの『士定百式』に貴方は『飛燕絶翔』を使い、斬り返そうとしていた。ガイロンさんと同じように。

「以上の点から、貴方がミヤモトガイロンである事は、ほぼ確実であると考えざるをえない。そして、ミヤモトガイロンさん。と呼びかけた。貴方はそれに反応した。それならば、それならばだ。貴方は確実にガイロンさんといえる。何故なら、ユウトはガイロンさんとしか言ってないのだから」

 怒濤の長台詞である。ミステリっぽい。

「いや、一寸待ってくれ。テツガク君。君が言ったのは全部推論じゃないか。証拠はあるのかい?物的証拠は」

 ああ、とテツガクは私の言葉に大きく頷いた。

「そんなのは、どうでも良いのです」

 どうでも良いと言ってきた。

「まあ、どうしてもとおっしゃいますなら、そのムサシが証拠という事で」

「それこそ証拠にならないだろう。俺がガイロンを殺して奪ったのかも知らないぜ」

「だとしても、問題はありませんよ。我々の交渉相手は魔王。貴方がそうであるなら、問題はありません。しかし、貴方がミヤモトガイロンさんであるなら、これはとても喜ばしい事なんです。交渉が進む確率が若干なりとも高まる」

「正直な人だな。君は」

「いえいえ、隠し立てをするメリットが感じられないだけですよ」

 成程。隠し立てしないことによって、誠実さをアピールしているのか。しかし、正直に乗るのも気乗りしない。というよりも、裏があるのではないかと勘ぐってしまう。

「成程。君のいう事ももっともだし、私としても、そこに一定の確からしさがあるのはまちがいないだろう」

「では……」

「まあ、そう逸るな。ここは魔界だ。魔界には魔界のルールがある」

「魔界のルール?」

 怪訝そうな顔をするテツガク。

「ああ。この魔界では何よりも強さがものを言う。俺と貴様達が決闘をしてだな。貴様達が勝ったら、交渉のテーブルに着いてやる。しかし、俺が勝ったら……」

「大人しく帰れと?」

 テツガクの言葉に私は首を横に振った。

「いや、こちらのいう通りに動いてもらう」

「それは、いささかこちらの敗北条件が厳しいようですが」

「おいおい。俺は魔王。つまりは魔界の王様だ。対して、貴様達はどうだ。外交大使でもない。ただの侵略者だ。顔見知りのよしみで、交渉をしてやっているが、本来は問答無用に殺されても文句は言えないのだぞ?」

 私は思いきり悪そうな笑顔を見せつつ、そう言った。

「へえ、魔界にも政治があるのですか?」

「一定以上の理性と知性を兼ね備えた連中が寄り集まるんだ。そう言う類いの役職はどうしたって必要になる。魔界といえども、混沌としてるだけじゃないんだぜ?」

 それに。

「四対一を飲んでやると言っているんだ。これくらい承諾しろよ」

「良いだろう」

 そう言ったのは、テツガクではなかった。ユウトだ。

「だが、こちらが勝ったら、一つだけ質問にと答えてもらうぞ」

「内容によるね」

「いや、取るに足らないことなんだ。本当に。ただ、その神刀流を何処で学んだのかという事に、答えてもらえば良い」

「嘘を言うかもしれないが?」

 こういう所で混ぜ返すのが、私の悪いことだが、単に万全を期すというだけだ。後で言った言わないの論争になっては、つまらないし生産性もない。

「嘘を見破る術ぐらいあるさ」

「そうか。そいつは便利だな。俺も欲しい。ま、良いだろう。手を抜くなよ?全力で、持てる限りの力を持って、精一杯向かってこい」

 私は矢張り魔物である。禁術に毒されている。理由を付けたところで、腹の所は唯一つ。強い奴と戦いたい。それだけなのである。

「では、始めようか」

「ええ、始めましょう」

「神刀流の真価を見せてやる」

「神刀流の進化を見せてやる」

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