第16話 代償

 左腕で、防ぐ。他に方法はない。

 飛び散る血を目くらましに、何とか距離を取ることに成功する。

 切断、とまでは行かないまでも、結構深い傷だ。しかし。

 右手で傷を覆い、魔力を集中する。すると、目に見える早さで、傷が治っていく。

 治癒魔術はこんな世界で生きていく上で、必須スキルのようなものだ。でなければ、ユキのような例外を除いて、数百年も生存することは、不可能となる。

 しかし、この勇者。数日前より明らかに強くなっている。怒りでパワーアップなんて、近頃少年誌でも見ないようになった代物だが、変なところで古風である。

 まあ、現実的なことを考えれば、自分より強い奴と戦った事による成長とみることも出来る。数日前の決闘で、彼は未だかつて負けたことがないと言っていた。ならば。あの敗北が彼の経験値となったのか。まったく、我ながら余計なことをしてくれたものだ。

「まいったな……手加減が出来そうにない」

 私はため息を吐きつつ、そう言った。

 後顧の憂いを立つために、勇者の侵略をこれきりにする為に、交渉を試みようとしていたが、それも仕方の無い事だ。いや、実はまだ交渉を諦めてはいないのだが、それが成立する可能性が無視できない程に大きくなったとうだけだ。

 まあ、また来たのなら、また追い返せば良い。

 そんな諦観と、ほんの一筋の希望を込めて、私は言った。

「本気を出すのは久しぶりだからよ、出来れば死なないでくれよ」

 歩法『彩雲』で、一気に距離を詰める。

 これは特別に速く動く技ではなく、相手の不意を突き、接近する技である。はまれば、一瞬のうちに相手はこちらの殺傷範囲に入ってしまう。

「合わせて、神刀流『三式角馬』」

 刺突を主軸とした技。曲刀であるムサシではいささか使いづらい技だが、予備動作が最小で済むために、『彩雲』との相性が非常に良い。相手の不意を突くためにあるような組み合わせだ。

「くっ……」

 攻守が逆転したことで、ユウトは歯がみをしながら後ずさる。顔には焦りが見え、防御も追いつかなくなる。刀が交差した瞬間。ムサシを捻り、カミカゼを大きく弾く。

「どうして……」

「神刀流奥義『震電夫武』」

 刀を深く引き、左手を前に出す。刀を弾丸、腕をレールとした、必殺の剣。

 隙が出来るが、それを付ける形にユウトはない。

「どうして貴様が神刀流を!」

 一閃。それが勇者たる所以か、ユウトは超人的な身体能力で、剣で防御する。が、それは私の刀の威力に、あっけなく手から離れ、宙を舞う。

 二閃。ユウトはこれも躱す。しかし、足をもつれさせた格好となり、これ以上の回避は不可能である事が、否応にも分かる。

 そして、三閃。私の刀が、ユウトの首を、跳ねる。

 直前。爆風によって、体を持って行かれる。

「っつ……」

 爆風は丁度、ユウトと私の中央から、横に線を引いたところから発生したようで、右脇腹に、鈍痛が走る。そして、ユウトは私とは反対方向に飛ばされたようだ。

 爆風が発生した方向に目を向けると、ヒナの姿が、そこにあった。両手をこちらに向けている。その手のひらに、炎が生まれ、私めがけて飛翔してくる。

 冗談じゃない。何が嬉しくて、火の玉に追いかけられなければいけないのだ。

 そう思いつつ、回避する。炎は、着弾と同時に爆発した。これは予想できたので、先程のような醜態はさらさない。足に力を込め、飛ばされることを防ぐ。

 いや、それよりも先程より威力が弱い。どうやら、人一人―と魔物―を吹き飛ばすほどの威力を持つものはそうほいほいと放てないようだ。ゲージため技の様なものか。

 それは、助かる。

 ユウトの剣を処理しつつ、あんなものまで投げられてはたまったもので無い。

 二撃目が来る。いくら、威力が小さいとは言え、あれは高温の塊だ。刀で受けない方が良いだろう。いたずらに寿命を縮める結果になりかねない。

 このムサシは一級品であり、一品ものなのだ。

 ホウリュウジヒナ。厄介な相手だ。しかし、この程度、私は一〇〇人は斬ってきた。多少さばを読んでいるが、そこを突っ込むのは野暮である。

 ヒナの炎弾をいなしつつ、ちらりとユウトの方を見ると、彼はもう立ち上がっていた。傍らにはテツガクがいる。

 そうか。彼が治療術士か。

 まあ、消去法で分かりそうなものか。

 攻撃役が二人に、回復役が一人、そして補給役、か。随分とまとまりの良いパーティーである。

 さて、どうするか。ユキであればどうという事は無いだろうが、私程度ではこのレベルの相手に四対一は少しきつい。

 まったく、気が重い。これもユウトがいきなり斬りかかってきた所為だ。せっかく色々考えてきたのに、全ておじゃんだ。だが、それと引き替えに、話がとても単純になった。ユキには後でわびを入れるとして、この場でのやるべき事は一つしかない。奴らに勝利し、場合によっては殺すことだ。

 そう、考えていたときだった。

「あの――」

 テツガクが手を上げた。こちらに目を向けている。

「少し話をしませんか?」

「何を言っている。そちらから斬りかかったくせに。そう言う段階はとっくに終わっているだろう」

「それについては、謝罪しますし、その傷も治して差し上げます。それに、これは貴方の利益にもなる話なのですよ」

 ミヤモトガイロンさん。

 そう、テツガクは言ったのであった。

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