第14話 外交官

「大役?」

 そうユキの言葉を、オウム返しに聞き返すと彼女はうん、と頷いた。

「お父様に全権を任せる。外交官って、言うんだっけ?そういうやつになって欲しい」

「つまり、勇者と交渉してこいと?」

「そう。お父様の言うとおりなら、勇者くんは、軍人であって、政治家ではない。でも、腹に何か潜ませている。だったら、一度戦ったお父様の交渉力に欠けるしかない」

 話は分からなくない。彼が何を抱えているのかは分からないが、それ次第では十分に交渉の余地はある。しかし、しかしだ。

「俺はあくまで引退した身だ。君にも部下の一人くらいいるだろうに」

「それは、そうだけど信頼と実績の問題なんだよ」

「信頼と実績?」

「まず最初に、お父様が私にとって、一番信用の蹴る人物―というか、魔物―だからね。あとは、私の指示で動くもので、魔王経験者はお父様だけだからね。説得力が違う」

「うん?つまり?俺は外交官、つまりは魔王の使いとして交渉しに行くのだよな?」

 しかし、ユキは首を振る。

「いや?お父様は現役の魔王として、現役の魔王を騙って、勇者と交渉しに行くんだよ?」

 それは外交官ではない。影武者だ。

「まあ、似たようなものでしょう」

「いや、全然違うと思うが」

「ともかく」

 ユキは私の言葉を無視して言う。

「お父様以外、いないの。人助けだと思って」

「人助けというか、何というか」

「そう……お父様には苦労をかけるね……」

「いや、俺はまだ了承していない……」

「でも、大丈夫。お父様ならきっとできるよ」

「だから、頷いてないって……」

「私、お父様を信じているから」

「いい加減聞けよ!話を!」

 むぅと、ユキは口を閉じる。

 俺は、それを見て、というわけでは無いが、ため息を吐いて、渋々言った。

「分かった。行けば良いんだろう」

「そう。良かった良かった」

 ユキは無邪気に喜んでいる。

 まあ、仕方ない。こうなる気はしていた。

「まあ、良いさ。どうせ暇だったしな。良い暇つぶしになる」

 そう嘯く。決して負け惜しみじゃない。負け惜しみじゃない。


「ご連絡がございます」

 セバスチャンが、不意に現れた。

「何かな?」

「青の水晶塔に、侵入者あり。現在目下戦闘中でございます」

 青の水晶塔。魔界の中でも人間界に最も近い建造物であり、魔界に突入しようとすれば、まず最初に攻め込む場所である。私も最初はあそこに攻め込んだものだ。懐かしい。しかし、懐古趣味がない以上、思い出に浸っていても仕方ない。

「あそこ?思ったより早いね」

「うむ。もう少しゆっくりできると思ったんだけどな」

「もう行くの?」

「善は急げというだろう」

「前途多難にならないと良いけど」

「お前の命令だからな」

 混ぜっ返すようなことを言わないでほしい。というか、この子はこの子でかなりちゃらんぽらんな性格をしているんだよな。

「まあ、あそこはキサラギ君が担当してるのだけれど……」

「そんなやつ、いたかな」

「一応、お父様の時代からいる魔物だけど」

 まだ、引退して二年だよ?ぼけるの早すぎない?と、ユキ。

 どうやら、私も相当適当な人間だったようである。いや、人間ではなく、魔物か。

「キサラギだろうが、サツキだろうが、早い方が良いだろう。俺が覚えていないという事は、あんまり強い奴でも無いんだろうし」

 こう言うと、私が戦闘狂に見えるかも、しれないが、単に軍事学的な視点が理由である。本来は、そう言う奴も覚えておかなければいけないのだろうが、生憎私は策士ではなく、魔王だった。どっしり構えておくのが仕事である。

 さて。

「一応、足が欲しいな」

「足?他には?お供とか」

「いや、戦闘は俺一人で十分だろう。あの勇者の力量は知っているからな。あのパーティーは四人だが、内一人は治療術士だと言っていたし、もう一人は収納術士だ。これは随分と油断ならない奴だが、油断さえしていなかったら、どうにかなるだろう。もう一人は、不明だが……何、一人くらい不明でもたいしたことはあるまい。やっぱり、足があれば十分だよ」

「ふうん」

 私の言葉に、ユキはそう頷いたのだった。


 翌日、私は青の水晶塔の前に立っていた。青の水晶塔などと、しゃれた名前をしているが、その実態は青くもないし、水晶でできてもいない。何故こんな名前にしたんだ。明らかに詐欺だろうと言われんがばかりのごつごつとした塔である。最後の一文字だけは当たっていることが、余計腹立たしい。

 横には、一頭の馬がいる。

 体を血でぬらした馬。悪魔の馬と呼ばれているこの魔物は、魔界でも大変希少種な魔物で、どの生物よりも速く走ることができる唯一無二の特性を持っている。

「貴様は魔王城に戻れ。ここからは俺の仕事だ」

 私は馬をいたわり、先に帰した。

 自分の姿を魔物に変形。随分と人相が悪くなり―ユキにも不評で、彼女の前では人間態でいる私である―体つきも随分と変わるが、羽が生えたりはしない。そんなもの刀を動かすときに邪魔なだけだし、余計な死角を作ってしまう。

「さて、交渉人としては随分と素人の私であるが、まあ何とかなるだろう」

 何とかせねばなるまい。

「と……」

 塔に入ろうとしたところ、中から出てきた男達とぶつかりそうになった。

 この塔を任されているムツキとかいう変身しそうな名前の奴か、と思ったが、どうやら違う。四人組である。

「これはこれは」

 思わずそう呟く。これは予想外だ。こんなに早いとは。

 私の目の前に立っていたのは、勇者達であった。

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