第13話 魔王
私はセバスチャンに連れられ、魔王城の中を更に進んでゆく。
この城は外面は立派であるが、それ以外は非常に質素なものである。それは防御面だけに限らない。例えば、今歩いている廊下。そこには、絨毯も敷かれておらず、靴と石畳が奏でる無機質な音が響き渡り、壁には絵画の一つも掛っていない。
魔王城は存在こそがその意義の全てである。それ以外の機能は、魔王レベルの力を持つもの同士の戦いに耐えられるだけの頑丈さ位のものである。
とは言え、今まで何代も魔王がこの城に居を構えていたのだ。各人の好みによって改造されている部分もある。
例えば、地下倉庫は、かつていた好事家の魔王により、年代物葡萄酒の保存庫となっている。私も在任中は度々これを飲んでいたものだ。味は保証できる。
他にも家庭菜園が趣味となっていた魔王によって、裏庭は畑とかしている。その魔王の退任後は、セバスチャンがその世話をしており、魔王城の食卓には度々畑からとれた野菜が顔を出す。
「あ、お父様」
セバスチャンに連れられたのは、謁見ないし決闘を行う―当然後者の方が使用頻度が高い―だだっ広い、奥に玉座がぽつねんと一つある部屋であった。
その玉座に深く腰掛けたユキが嬉しそうに声を上げた。
思ったより様になっている。私は思わず感心した。
しかし、そんな思いは一瞬で瓦解することになる。
ユキはぴょんと、玉座を飛び降りると、とてとてと私の方に駆け寄ってきた。そして目の前で立ち止まり、くるんと回る。
まったく魔王らしくない動作である。この世界はこんな奴らばかりだ。とすると、あの勇者らしくない勇者の相手には相応しいのかもしれない。しかし。
「どう?随分私も魔王らしくなってきたのではなくて?魔王が板に付いてきたのではなくて?」
何だそのしゃべり方は。貴族の娘か何かか。
「そうだな。今の動作がなければ、それはそれは」
「え?」
「ま、俺が口を出すことではないな。ユキはユキの思う魔王になれば良い。いや、もうなっているのか」
「ええ」
したり顔で頷くユキ。
「これがこれからの魔王像。トレンドですわ」
「そのしゃべり方は何だよ。まったく」
「魔王らしくしようとした努力の成果ですわ」
「そうか。じゃあ元に戻すように、強烈に、最大限に勧める」
そのしゃべり方だと、あれだ。魔王と言うより、単なる悪役だ。魔王ならもっとどっしりと構えなくては。
「ま、まあ。それよりも」
ユキはこほんと咳払いをして、話の転換を試みる。自分の不利を悟ったか、口調のおかしさに気付いたか。
「お父様が言っていた、勇者。その話をしましょう。もとよりその為に、お父様によってもらったのだし」
「うむ……」
どう答えたものか。
「お父様も、勇者と戦った経験がないのでしょう?だったら、少なくともここ三〇〇年は怒らなかった事よね」
「まあ、俺も人間界から魔界に殴り込んだが、勇者ではないしなあ。国家をあげての勇者、なんて本当におとぎ話の類いだ」
「そう。あ、セバスチャン」
「はい、何でございますか?」
会話の途中で、声を掛けられたセバスチャンは律儀にそう反応する。
「これまで、魔王城に勇者が攻めてきたことはある?」
ユキの問いかけに、セバスチャンは一〇秒ばかし思案すると、答えた。
「人間の、或いは元人間の方がこの魔王城に攻めてきたことは何度かございましたが、勇者という者が攻めてきたという事例は記憶にございません」
「そう、じゃあ本当におとぎ話の類いだね。それで、その肝心の勇者君の強さは、どうだったの?」
「手合わせをした、感覚で良いなら。確かに強かったが、あくまで人間のそれだった。人化していた俺でも勝てた位だからな。しかし」
「しかし?」
言葉を途中で止め、続きを言うべきか思案していた私に、ユキはそれを言う様に促す。
「モチベーション。魔王討伐の動機が強い。これは俺の推測でしかないんだがな」
「それでも、良いよ。というよりも、情報が一つでも欲しい」
「彼らの話を聞いた限りだと、それぞれに軍への或いは国への恨みを持っていた。恐らく、軍部の方は有能な人材への補填。かつて犯した罪に対しての雪ぎのような意味を込めているのだろうが、彼らは、違う。当然、復権のために魔王討伐を使うつもりだろうが、その先に復讐がある。いや、正直に言うと、魔王討伐の意思があるのかどうかすら、怪しい」
「と、いうと?」
「奴は魔王と何らかの取引を、する可能性が、高いと俺は見る」
あの決闘の時、ユウトは魔王になら話して良いと、魔王討伐に行く理由を。国の理由ではなく。己の理由を語っても良いと、そう言った。
「成程、ね」
ユキはそれを聞いて、面白そうにそう言った。
「まあ、四人だしね。四対一だと、流石の私でも一本取られてしまうかも」
「それはないのは、お前が一番よく知っているだろうに」
「まあね」
意味のない軽口のたたき合い。これは時間稼ぎのようなものだ。ユキがその脳内において、思考を纏める。
そもそも、彼女の魔法と剣法を融合させた魔剣法は思い出しただけで背筋が凍る代物だ。剣術と魔術の両方を遺憾なく使用できる私でも、その境地にはいたっていない。私の見るところ、彼女は初代魔王に匹敵するほどの力をその身に宿しているのである。
「よし」
と、その間に彼女の考えは一応の統一を見せたようだ。
そして、にっこりと笑って、こう言った。
「お父様、少しだけ大役を任せてもいい?」
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