第12話 言い訳
「とても、重要なんだ」
「重要?」
首をかしげるユウトに、私はたたみかける。こうなればやけっぱち、乗りかかった船だ。
「うむ。これ程重要なものはこの世にないと言うほどにね。これはある男との、約束でもある。少なくとも、私には、他に選択肢のないほどに、重要なものなんだ」
一応、嘘は吐いていない。意味のない言葉の羅列だ。何一つ情報量は増えていないが、切羽詰まった雰囲気は出る。
「それをないがしろにすることは私にはとてもできない。分かってくれ、俺にしたって、断腸の思いなんだ」
自分でも、良くこれだけ口の回るものだと感心していると、ユウトは何やら、ふむふむと頷いていた。
「そうですか。それならば仕方の無い事です」
納得した。自分で言うのも何だが、その要素は無かったのだが……。
「どうしようも、ありませんね。それでは私達も予定通り―というには二日ほど遅れていますが―魔王討伐に行きましょう」
テツガクも、ユウトに賛成の意を示した。というより、こちらは、これ以上無駄な時間を使いたくないという思いだろう。
「それでは、僕たちは行きますが、気が変わったら、追いかけてくれると、嬉しいです」
ユウトは、一礼をして言った。
「それでは、また」
また?私が追いかけてゆくと信じているのだろうか?
「ああ。縁があったらな」
私は確信を持って、そう言った。私と彼らは今度こそ真の殺し合いを演じるだろう。だから、それまでの別れである。
彼らとは違う道を行って、魔王城に行かなければなるまい。まあ、あれほど距離が離れていれば、多少回り道をしたところでそう違いはないのだが。
「面倒と言えば、面倒だ」
だが、仕方ない。可愛い娘のためである。
「ここに来るのも久しぶりだな……」
ユウト達と分かれて四日後。魔王城の前でそう呟く男の姿があった。私である。
思えば、二年前魔王の座を退いてから一度も寄りついたことがない。
二年という歳月を長いと取るか、短いと取るかは人それぞれだろうが、私は老兵が口を出すのも良くないことだと思っていたので、次に来るときは、ユキが引退するときに花束でも持って、と思っていたので、存外短いものであった。
それに、三〇〇年も住んでいたのだ。それに比べたら一桁の年月など数える内にも入らないだろう。
「さて……」
魔王城の建造された理由は唯一つで、魔界のここら一帯の支配者が住所不明では要らぬ混乱を招くというものである。その為、多少奥まった地にあるほかはえらく目立った建物となっている。五階建て。しかも、城と名付けられている割には防備が皆無に等しい。堀とか無いし。門は大きく開け放たれているし。妙な突起物は多いしで、攻城戦がこれ程楽なものも無いだろう。といっても、それは魔王がいない場合に限るが。
この魔王城には門番という存在すらないが、しかし。
「これはこれはガイロン様。お待ちしておりました」
城に入った途端、目の前に妙齢の男性が現れた。
短い黒々とした髪をオールバックにして、執事服を着こなしている。その首には鮮血のように紅いネクタイ。彼は、この城に住み着いている、住み憑いている悪魔であった。いや、彼がこの城の一部、この城そのものといって方が良いかもしれない。
歴代魔王に使えてきた由緒正しい大悪魔である。
「ユキに呼び出されたんだけど――」
「はい。お伺いしております」
彼は慇懃無礼に深くお辞儀をした。彼は誰に対してもそうなのだ。決して打ち解けようとせずに、礼儀正しく、他人行儀に振る舞う。
或いはこれは彼なりの心理防御手段なのかもしれない。魔王が交代するときは、決闘によって、挑戦者がチャンピオンに勝利した時である。場合によっては、前魔王が死亡することもある。いや、そちらの方が多いかもしれない。
その場合、彼はこれまで使えてきた主人を殺したものを新たな主人とするのである。前主人に必要以上に感情移入していたら、それがスムーズに進むだろうか?答えは否であろう。
彼は、それを避けているのだ。しかし、それは何と孤独な生き方であろうか。まあ、そうはいっても、魔界の住人の殆どは孤独な一匹狼であるのだが。
「それで」
道中。無駄に長い廊下を歩きながら、私は彼に問いかける。
「ユキは君のことをいったい何と呼んでいるのかな」
「はい。セバスチャンと呼んでもらっています。あなた様と同じように。歴代の魔王様と同じように」
彼には名前がない。というよりも、自ら名乗ったことがない。ただ、初代魔王が彼のことをセバスチャンと呼んでいたので、魔王達は―全員かどうかは定かではないが―それに習って、セバスチャンと呼んでいる。セバスチャン。それにどんな意味が有るのかは初代魔王以外誰も知らない。
良い機会だ。もう少しセバスチャンの説明でも、しよう。
魔王城に入るものはまず最初にセバスチャンに出会うことになる。彼はこの魔王城の敷地内であれば、何処にでも瞬時に移動することができるのである。そして、彼は来訪者の意図が何であれ―大抵は魔王との決闘を望のだが―それを魔王に伝え、指示を請い、それに従う。とはいえ、彼もルーチーンで動くロボットでは無いので、事前に予約なり何なりがあれば、そちらを優先し、行動する。
余計ロボットのように感じられれが、ともかく、これがセバスチャンの生態である。
あと分かっていることと言えば、掃除好き。紅茶を好む。記憶力が抜群に良いぐらいであろう。彼は魔王城七不思議の一つとして数えられている程、不思議に包まれているのである。
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