第11話 ちょきん

 アイリの話は続く。

「それは流石の私も我慢できなくて。それでこの収納魔法、空間そのものに作用しているから、閉じるときは障害物なんて何のその、てやつなのよ。それで、彼のいちもつの前に、この空間を開いて、彼が前進した瞬間に、閉じた。そしたら、まあ予想通りの結果となってね。その時周りに響き渡った絶叫と言ったら」

 ひえ。

 その隊長さんは自業自得で、同情の余地など無いのだろうが、一瞬のうちに男としての死刑宣告を受けたとなれば、彼の心中は察してあまり有る。

「それが、原因となってね。飛ばされちゃった」

 私も罪作りな女ね。

 アイリはそう締めくくった。

 罪作りというか、何というか。

 ともかく、敵に回したくない女である。

 本来持ち運びの為の、魔法を攻撃に使うとは、中々に戦闘のセンスがある。

 後方勤務だったと言っていたが、それでも十分に戦力として数えられる。能力では無く、その思考。発想転換。それが、彼女の真骨頂か。

「それで、どうして俺にそんな話を?」

「僕たちも話していて面白い話では無いのですがね」

 それはそうであろう。

「同情を、買おうかと思って」

 そんなところだろう。

「貴方は、それ程有能な人材です。生憎、この場で貴方に参加を強制するような、時間も政治力も僕たちは有していません。ですからこんなことしかできないのですよ」

 ユウトはそう言って、苦笑した。

 しかし、その目はじっと私を見つめていた。

 その目は、私にはあまりにもまっすぐで。

「まったく、嫌になる」

「え?」

 ユウトは私の言葉に首をかしげる。

「一寸鍛えるだけだ。明日からになると思うが、それでも良いか?」

 そんな嘘を吐くぐらいは、良いのではないかと、そう思った。

 或いは、不誠実かもしれない。

 人間失格とののしられるかもしれない。

 それでも、そうした方が、良いと、そう思った。

 ただの言い訳かもしれないが。


 夜。

 私は村の宿屋に泊まっていた。二階建ての一階にある。勇者達も同じ宿に泊まっているが―そもそも村には宿屋が一つしかなく、それも副業のような代物だ―彼らは二階だ。

 いささか安普請なのが、難点だが、サービスが良く、食事も悪くない。そういう宿であった。

「……というわけだ」

 草木も眠る丑三つ時。私は水晶に向けてこの日にあった出来事を話していた。といっても、私が友達がいないさみしさに遂に水晶に人格を見いだした、というわけでは無い。

 その証拠に、水晶から返事があった。

「ふうん。お父様も随分とお人好しね」

 魔法、水晶通信。

 水晶を媒体として、遠距離の相手と会話をする魔法である。残念ながら、姿は映らず、通信手段は声だけとなっている。一応、この魔法の発展版として、姿も飛ばす魔法もあるのだが、それは魔力を多量に使うくせに、解像度が低く、コストパフォーマンスが、悪い。その点、声だけを飛ばす方法は、顔を見えないというマイナス点も有るが、その程度は甘受すべきであろう。

 私はこの魔法を使って、ユキと会話をしている。

「……まあ、俺の性格はおいといて。これには何らかの対策が必要だと思うのだがな」

「いや、それよりお父様。その勇者くん達を本当に鍛えるつもりなの?」

「まさか。そんなつもりは無い。俺はこれでも魔物だぜ?魔王様の不利益になるようなことはしないよ」

「そう?じゃ、一度戻ってきて。詳しく聞きたいし、一寸相談したい」

「了解した。明日から出発して、着くのは四日後か。その自分には戻る」

「うんうん。待ってるね。早くお父様の姿を見たいし」

「ぬかせ。じゃあ、もう切るぜ」

「うん、じゃあ四日後」

 水晶からかすかに発せられていた光が消える。水晶からは、もう声は出ない。

 さて、明日、どう断ったものか。

 私はこういう駆け引きとか、苦手なのだが。


 翌朝。

「さあ、行きましょう。師匠」

 宿から出ると同時に、声が掛けられた。

 その発生源を見ると、ユウト達が待ち構えていた。

 というか、何だよ師匠て。

「それは師匠ですから」

 答えになっていない。というか、それは前の師匠に失礼なのではないだろうか。

「それはそれ、これはこれ、です」

 随分とあっさりした考え方である。目的のためには手段を選ばない人間なのだろう。その姿勢には共感する。ひょっとすると、時機が、あるいは状況が違えば、魔王になっていたのかもしれない。それには、もっと力が必要なのだが。

「俺もその気持ちに応えたいのだがな。少し用事があってな」

「それは大変ですね。直ぐに行かなければ。協力しますよ」

 その目には、早く強くなりたいと描いてある。

 一度引いただけに、断りづらいが、ここは厚顔無恥をモットーにいこう。

「それには及ばないよ。でも、片道数日かかるところにあってだな……」

「それでしたら、道中ご一緒させてもらいます。その途中で、訓練していただけたら嬉しいのですが」

 いけしゃあしゃあと厚顔無恥はこいつの方なのではないだろうか。

 というか、着いてきてもらっては、困る。向かう先は魔王城で、彼は勇者なのだ。

 速最終話になってしまう。

「それには及ばないよ。ただ――」

 どう言い訳したものか。いっそのこと何もかも打ち明けようか、いやそれはまずいと、私は思考する。考える。なにか、いい話はないのかと。

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