第10話 罪を数えろ
「次は私ですね」
そう言ったのは、テツガクであった。私の願いも虚しく話は続く。進んでいく。
「私、ハヤバヤシテツガクは、敗戦の責任を押しつけられた」
さっき聞いた話よりかは、マシであろうか。分からない。
「私の階級は准将です」
随分と出世している。見た目の年齢から察するに有能な人物なのだろう。
「士官学校での成績はそこまで良くないのですが。恩賜の冠は貰えませんでしたからね」
恩賜の冠。私の国外脱出とシステムが変わっていなければ、士官学校の卒業成績上位五名しか貰えない代物である。まあ、そこまでゆくと、相性の問題もあるから、これがあるからと言っても、一概にそれ以外より優秀とは言えないのだが。
「因みに、卒業時番号は?」
「七番です」
同期で七番目に優秀な男、か。そんな男が何故こんな所に?敗戦の責任と言っていたが、それだけでこんな男を逃すのか?
「言い訳させて貰うと、一概に私の所為では無く、司令官様の采配ミスなのですがね。生憎、軍事裁判にその手の理屈は通用しない。一応私をかばおうとした動きもあったんですけどねえ。それごと、纏めて潰されました」
テツガクはさらりとそう言った。
となると、テツガクが名を連ねる会―それがなんだかは分からないが、少なくとも軍の本流を成すものでは無いだろう。軍縮でも主張してたのだろうか―を潰す口実に、彼の敗戦が使われたのだろう。
やっぱり重い。というか、この国の軍部は腐りきっているじゃないか。軍が必要以上に政をすると、ろくな事にならない。その典型例のようなものである。
「ええと、女性陣の方も、私から説明させてもらいましょうか」
いや、もう十分だろ。読者だって付いてこれないぞ。これの何処がファンタジーだよ。もっとお気楽に行こうぜ。
しかし、そんな私の心の声はテツガクに聞こえるはずも無く。
「ホウリュウジさんは、いじめにあっていましてね。まあ、軍隊で繰り広げられるものです。私的制裁は軍隊の常ですからね。それに集団制裁が加わると、それがどんなものかは想像できますか?いや、想像したいですか、と言った方が正しいですかね。それで、更に悪かったのが、加害者に貴族のご子息がいたこと」
またか。ユウトと言い、ヒナといい、まあこの国の貴族様は優秀でいられる。自分なら何処まで隠せるかを、十分に分かっている。
「それで、逆に、ホウリュウジさんが飛ばされましてね。まったくもって、愉快な話ですよ」
どうやらこの男も皮肉を好む人間らしい。敵を作りやすいだろうな。
「えーと、後はホオズキさんですか……」
話し始めたテツガクを、アイリが手で制した。
「その話は自分でする。人に話されて気分の良い話では無い」
アイリはそう言い、けだるげに細められた目をこちらに向けた。水晶のように透き通った瞳。その奥には、何かが光っている。何かが、潜んでいる。
「私の魔法は収納術。一定の体積を持った異次元空間への扉を開く。そんな能力だと理解して」
アイリは一旦言葉を句切り、すぅと手を振った。
彼女の指先がなぞった軌跡に黒い線が生まれ、ぐわっと開いた。
黒い空間。光の差し込まない、漆黒のみが支配している。アイリは躊躇無くそこに手を突っ込み、その後、即座に手を引いた。
その手には、先程までは無かった小さい瓶が握られていた。
瓶の中には透明な液体が入っている。
「こんなものよ。因みにこれは、万能薬。擦り傷から悪性の流感まで何でも治す優れもの、よ。うたい文句の一つに、死人すらよみがえるというものがあるけど、それは流石に誇張だから。たしかそれで、裁判があったはずよ」
「裁判」
「そう、実際に死人に振りかけて、蘇らなかったって。馬鹿な話よね。どちらも」
彼女はその瓶を暗黒空間に放り込むと、それを閉じた。
そんなぞんざいに扱わなくても……死人には効かなくても高価だろうに。
「成程、その魔法は随分と役立ちそうだが、それが……」
「急がないで。この魔法が後で重要な意味を持ってくるのだから」
なんだかミステリな言い方だ。これから殺人事件でも起きるのだろうか。いや、起きてもらっては困る。語られる内容であって欲しい。それにしても、ユウトの話と被るのだが。
「ええと、どこから話したものかしら……そう、あれは私が入隊して間もない頃だった。
「私はこの能力を買われてとある補給部隊に配属されたのだけれど、まあそこがあんまり評判の良くないところでね。といってもその原因はたった一人だった。も旧隊長。彼はよくいる自己中心主義でね。悪い意味でのワンマンだった。おまけにひどい少女性愛者でね。
「まあ、そんな彼が私のようにかわいらしい少女に心引かれるのは、当然よね。でも、その方法がまずかった。まあ、割愛させていただくけど、それが好感度を上げることができずに下げる一方の結果になってしまってね。とうとう、彼かわいそうに我慢できなくなったのね。前々から、セクハラじみたことはされていたけれど、それは、私も軍人だから、最低限の命令は守るぐらいのことはしていたわ。そしてある日、彼は自らの欲求不満に根負けして、己の性欲の赴くままに私の寝込みを襲ってきたの」
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