第9話 勇者と仲間達

 ユウトが手招きをすると、向こうに控えていた彼の仲間が三人、駆け寄ってきた。

 酒場で見たときと同じ、男が一人に女が二人。

 最初に口を開いたのは、柔和そうな表情をした男であった。彼はユウトより背が高く、そのせいか彼より年上に見える。

「私はハヤバヤシテツガクといいます。どうぞよしなに」

 にっこりと笑いながらテツガクはそう言い、右手を差し出してきた。控えめに言って、うさん臭い。

「ミヤモトガイロンだ」

 そう言い、手を握る。

 次。

 ローブを目深に被った少女である。その隙間から僅かにのぞく髪は栗色で、緩くカーブを描いていた。

「あの、ホウリュウジヒナ、です」

 彼女はそう言って、私が名乗り上げるのを待たずにさっさと下がっていってしまった。怖がられているのだろうか。そうならば軽くショックだ。現役時代は明るく元気な魔王を目指していたのに。

「すいません、ヒナさんは少々人見知りのくせが有りまして。これでも慣れると随分とかわいらしい人なのですが……」

 テツガクはそうフォローを入れた。苦労人なのかもしれない。一番年齢が高そうだし。

 しかし、意外な話である。人見知りというのは、大方そうなのであろうが。

 思いながら、ヒナを見ていると、彼女はそれに気付いた様で、びくっと跳ね、更に一歩下がった。一秒あまりおいて、プラス一歩。

 どうやら、第一印象は結して良いものでは無いようだ。

 すると、彼女をかばうように少女が一人前へ出た。まだ自己紹介をしていない、最後の一人。

 短く切りそろえられた髪に、けだるげそうな目つき。背丈は四人の内で最も低く、年齢も同様だと、推測できる。さっきから私は背丈で人の年齢を判断してるのか。我ながらどうかと思う。

「ホオズキアイリ」

 少女は短くそう名乗った。

「…………」

「…………」

 それきり、一言も喋らない。喋ろうともしない。こちらも彼女の無言に巻き込まれて、自己紹介を返しにくくなった。

 コホン、と咳払い。

 仕切り直しだ。

「それで、君達も剣士なのか?流石に全員ということは無いだろうが……」

 確か治療術士がいるとか、言っていたし。

「ああ、いえ」

 ユウトは答える。気のせいか、申し訳なさそうに。

「剣士は僕だけです。他の三人とも、違います」

「どういうことだ?勇者は絹糸の再就職先という話だったろう?」

「ええと、元来はそうなのですが、色々と事情がありまして。最初は不測の事態を想定して、可能な限り多様な職種で挑むことになっていまして……」

 なんだろう。少し歯切れが悪いような。

「?しかし、剣士が一人しかいないのであれば、テストケースといえども、不十分では無いのか?」

「それはそうなのですがね……」

 ユウトは嘆息する。踏み込んで欲しくない事なのだろうか。

「つまりは、軍のあぶれものに、適当な仕事をになわせて、厄介払いをしようというわけですよ」

 思い切り踏み込まされた。テツガクさんずばり言い過ぎ。身もふたもなさ過ぎる。

「つまり、剣士云々は建前だという事か?」

「いえ、そうとも言い切れません。二兎追うのは軍の常ですから」

 そう言い、テツガクは皮肉げに笑う。こちらの方が、よりらしいな。そう思った。

 しかし成程。絹糸の再就職先。そして、厄介者払い。どちらも表向き、裏向きの違いはあれど、真実だという事か。

 どうも、人間の政というものは、厄介でいけない。

 ミステリ小説かと思うほど。いや、ミステリ小説の方が、まだマシかもしれない。

「それで、何故俺にその部隊に加われと?軍属では無いのだが」

 彼らの言葉を信じるなら、彼ら四人は全員が軍人である。しかし、私は魔物である為当然と言えば当然なのだが、軍属ではない。

 当然、住民票その他ももっていない。医療費が一〇割負担なのである。

 そんな私の疑問に、ユウトは肩をすくめつつ、言った。

「後が無いのです。我々にも。各々に各々の事情がありまして」

「と、いうと?」

 聞いてから、私はこれはまずいと悟った。必要以上に踏み込んでしまうのは、良くない。いや、この段階で十分すぎるほど踏み込んでいるのだけれど、だからこそこれ以上踏み込む事が、ためらわれた。

 しかし、後悔先に立たず。先に立てば、どれ程良いのに、と思っても後にやってくる。少しぐらいはこちらの事情もくみ取ってもらいたいものである。

「例えば僕、ミナイユウトは上官を殺している」

 そら、重いのが来た。一発目からこれだ。先が思いやられる。

「半ば以上事故だったのですがね。それでも誰かが責任を取らなければいけなかった。というのも、死んだ上官というのがとある貴族のご長男でしてね。つまらない政治に巻き込まれて……責任逃れに責任転嫁。それらが繰り返された結果、最終的に僕の所に潜り込んだ、なすりつけられたというわけです。まったく、困ったものですよ」

 ユウトは最後にそう嘯いた。この男、見た目に反して随分苦労人のようである。こんなのがあと四人も続くのだろうか?だとしたらごめん過ぎる。ここは教会でもなければ、寺院でも無いのだ。私も神父で無ければ、セラピストでもない。元魔王の現無職である。まあ、魔物で職に就いているものの方が少ないのだが。懺悔はお断りである。当然苦労話も。

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