第8話 勧誘

「お前は、神刀流を何処で学んだんだ?」

 私の二度目となる質問に、ユウトは肩をすくませた。

「やだな。怖い顔をして。恐らく貴方と同じですよ。生き残った門徒達が必死になって技術を繋いできた。それだけです」

 生き残りがいたのか……全員殺したつもりだったが、誰かにとどめを刺し損なったのかもしれない。それとも、戦闘に参加しなかった人間でもいたのだろうか。そちらの方が、可能性は高そうだ。

 なら、今ここで、その禍根を断っておくべきなのだろうか。

 いや、それはまずい。

 自分本位な理由であるが、この場合は殺害動機もそうである為、問題はない。

「しかし、驚きました。神刀流に抜刀術があるとは」

「神刀流は、一度壊滅した流派だからな。そちらで伝承されなかった技も、幾つかあるのだろう」

 門徒というと、まだ習っていない、あるいは習得が十分ではなかった技があるという事だ。あれがその一種であったとしても、何ら不思議はない。

「まあ、あれも連続技なんだがな。受けるか退くかで、次に繋ぐ。大体は、奥義の『士定百式』と同じだよ。受けるか退くかで、次に繋ぐ」

 余計なことを喋ってしまった。これ以上勇者達に強くなられては、困るのである。魔物として。元魔王として。

「成程……とすると、あそこで僕がした判断は正しかったというわけですか」

 勇者様はこちらの心配など何処吹く風。ぶつぶつと呟いて、より強くなる手段を模索していらっしゃる。

 まあ、あの技に関して言えば、彼の反省は的外れな者とも言えなくもない。

 正確には、半分正解していて、半分外れているといった所か。

 あの技は、本来突っ込んできたところでどうにかなる技なのである。

 詰め将棋は、最善手以外にも、対応できる、ということだ。

 何故そうしなかったかというと、久々の実戦でびびってしまったのだ。二年前のユキとの戦闘は予定調和の側面が強かった。あれは、実戦と言えば実戦だが、今回のようなものとは、少し違う。少しだが、その差は意外と大きい。

 まあ、それはともかく。

「お互い傷も無さそうだし、あんたの言うところの回復術士さんの出番は無さそうだな」

 私はそう纏めようとした。しかし、一方の勇者様はというと、うつむいたままぶつぶつ言っている。少し怖い。不気味だ。

「……一つ聞いても良いですか?」

 やっと分かる言葉を話したかと思うと、それは質問の質問であった。

「何だ?」

 そう、答える。

 聞くだけならいくらでもどうぞ、だ。ただし答えるかどうか、またその答えが正しいかどうかは、保証しかねるが。

「貴方……いえ、ガイロンさん」

 ミヤモトガイロンさん。

「僕と組むはありますか?」

「はい?」

 何を言っているんだこいつは?

 そんな風にあっけにとられていると。

「いえ、正確には僕、ではなく僕たちですか」

 どうでも良い訂正を加えてきた。

「僕達と一緒に、魔王を倒しましょう。貴方はこんな所でくすぶっていて良い剣士では有りません。魔王を倒せば、それ相応の地位を築くことができます。神刀流の復活を目指すことも」

 彼は自分が元魔王に魔王討伐を以来している事に気付いていないのだろうか。いないんだろう。気付いてもらっては、困る。

「神刀流の復活、ねぇ」

 それが、こいつの魔王討伐の理由か?だとしたら随分と立派な心がけである。

 しかし、生憎だ。目の前にいる男は、神刀流を極め、完成させ、壊滅させた男である。

「非常に心躍る誘いであるが……断らせてもらうよ」

 結局、そう答えるほかなかった。仮に私が魔王でなかったとしても、同じ答えをしたであろう。神刀流の復活だって?私にはそれをする資格など、ない。

「どうしてですか?貴方の実力なら、魔王を倒す可能性だって、十分ある」

 ねえよ。それだけは確信を持っていう事ができる。私には、あの娘を殺すことはできない。

「俺には、その資格はないよ」

 結局、そう答えるほかなかった。これが、私にできる返答の中で一番正当な答えだろう。元魔王ではなく、神刀流を滅ぼした男としての、答え。

「資格?」

 不思議そうな顔をするユウトに、いろいろあるのだよ、とだけ答えておく。それ以上は、とても明かせない。

「では」

 仕切り直し、とばかりにユウトは声を大きくした。

「僕に神刀流の技を享受していただけませんか?」

 何が「では」だ。相手は元魔王だぞ?

 こいつの辞書には節操という言葉はないのだろうか。

 期待はすまい。

「しかし、同じ神刀流です」

 断ると、そんな答えを返してきた。どうやら、こいつは私が彼の師匠だか何かに遠慮したとでも思っているのだろう。

 しかし、それも私が彼に剣術を教える理由には、ならない。

 私の神刀流と、ユウトの神刀流は別物だ。

 私がこの三〇〇年間神刀流を改造してきたのと同じように、彼の師匠や、そのまた師匠は神刀流を進歩してきたのだ。それは、私が直ぐさま彼の流派を見抜けなかったことから、明白である。

 否応なく。

「そういえば」

 まだ何かあるのか。さんざん断ったというのに。彼の辞書にないのは、節操ではなく諦めるなのではないか。それは美徳なのだろうが、相手としてはたまったものでは無い。

「僕の仲間を紹介していませんでしたね」

 どうやら、勧誘を諦める気はないようだ。

 仲間の紹介?そんなものをされたら泥縄式になる未来が、見えるようだ。

 しかし、勇者の仲間の情報は、欲しいところである。

 しょうがない。

 ここは、仲間の名前だけでも、聞いておくか。

 私はそう判断した。

 或いは、諦めた。

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