第7話 神刀流

 神刀流について知る為には、先ず一人の男の話をしなければいけない。

 彼は昔々-具体的には三百数十年ほど前-とある流派の門徒であった。

 とある、などとぼかしていても仕方がない。

 神刀流。

 彼は、数ある流派の中でも連続技を主体とする、珍しい流派の門徒であった。

 当時はまだ、魔術も今ほどは発達しておらず、戦場は剣士達の独壇場であった。魔術師は、あくまで補助的な役割しか与えられなかったのである。

 そして、戦場の花形である剣士には、様々な流派があった。にわかには数えられないほど。

 その中でも、主流と目され、光を放っているのは、ほんの僅かであった。両の手で数えられるほど。

 そして、神刀流はその中に入っていなかった。

 何故か?その理由はごくごくつまらないものだった。

 神刀流は、連続技を主体とする剣法である。だから、対多数の戦闘には不向きなのである。

 その理由もつまらないものである。

 ただでさえ重い刀をぶんぶんと振り回していたら、直ぐに体力は尽きる。

 そして、もう一つ。

 神刀流は連続技を主体とした流派である。故に、敵を倒すには、少なくとも二手必要になる。神刀流は、相手の攻撃への迎撃や相手の迎撃を利用した、後の先を取る流派である。だからこそ、先の先を取る流派には総合的な戦果ではかなわない。

 こちらが一人屠る間に、彼らは二人殺している。

 一対一の状況では非常に強いこの流派の特徴も、一対多や多対多では、不利益に働くのだ。

 そこで、男は考えた。後の先を取るのは仕方ない。先程言ったように、一対一では非常な利点となる。一対一を勝てなければ、戦場で生き残ることはできない。

 それに、弱い相手と戦うときには、一撃で屠れば良いのだ。それぐらいの技量は持てる流派である。

 しかし、人間の力には、限界がある。体力的な問題は解決できない。

 それならば、人間の限界を超えれば良い。

 男はその至って単純な結論に落ち着いた。

 人間を超える方法は、一つしかない。人間でなくなれば良い。

 大抵のものは、ここまで考えを進めた上で、それ以上進行させることなく、諦めるだろう。しかし、男は違った。

 彼は、そのばかげた考えを実行に移したのである。

 彼は一つの術に手を出した。己の肉体を人間から魔物に変換する術。

 それは、言うまでもなく禁術であった。

 しかし、男は強くなりたかった。

 己の限界を。神刀流の限界を決めたくはなかった。決められたくは、なかった。

 しかし、他の人間は、それを認めなかった。

 手を出した時点で、犯罪行為と見なされる。禁術とはそういうものである。

 皮肉にも、神刀流を愛したが故に禁術に手を出した男は、神刀流の者達によって、処分されようとしていた。

 神刀流の者達の考えは、男と同じぐらい単純なものであった。

 身内の恥は身内で解決する。

 ただそれだけであった。

 男を討伐する為に派遣された人間の数は九〇人を超えていた。

 男を除く神刀流の剣士。それが師範、門徒の区別なく投入された形となった。その中には、男の実力を超える者。男と拮抗する者も、含まれていた。

 そして。

 男は彼らを残らず蹴散らした。師範も門徒も関係なく、全員を斬り捨てた。

 魔物となり、人間を超える力を持った男の前には、同じ流派であろうと、いかに数を揃えようと、敵ではなくなっていたのであった。

 神刀流はこの瞬間に、一対多すらこなせる剣法として、完成されたのであった。他の誰でもない、裏切り者の男の手によって。男以外の神刀流の犠牲の上に。

 しかし、男はその代償をはっきりと認識していた。手を出してはいけないからこそ、禁術なのだ。この国にも、法律はある。神刀流全滅の知らせは、まもなく国中に広まるだろう。その下手人としての自分の名前も。

 如何に男によって完成された神刀流といえども、国家そのものを相手にして勝てるわけがない。じり貧になって、追い詰められて、みっともなく敗北するのが、オチである。

 この後、男がする決断には、次のことも大いに影響を及ぼしているだろう。

 男の中には、国家貢献なる意識がなかった。

 勿論、それまで暮らしていた地域に愛着がなくもなかったが、彼にとっては、自分の力と神刀流を高めることが、第一であった。

 強さこそが、正義。

 そんな男が、魔界へ行ったのは、当然の流れであったかも知れない。

 魔界には、いろいろな魔物がいる、絶好の対戦相手になるだろう。

 そして、三〇〇年前。

 出自不明の魔物が、東の魔王になった。それこそが、あの男であった。

 尤も、彼は魔王になろうとしてなったのではなかった。ただ、より強い相手。自分を高めてくれる相手を求めて彷徨っていただけである。

 しかし、彼の戦歴はそこで一端の終止符を打つことになる。魔王になったことで、それ相応の責任が、男の双肩にのしかかることになったのである。それを投げ出すほど、彼も常識知らずではなかった。いや、若くなくなったと言った方が、正しいかも知れない。

 そして、二年前。彼は自身の娘との決闘に敗れ、魔王の座から退き、今に至る。

 それが、元魔王ミヤモトガイロンの、歴史であった。

 故に、神刀流はすでに存在しないのだ。

 他ならぬ私が滅ぼしたのだから。

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