第6話 決闘四
「そんなの……誰でも憧れませんか?伝説の英雄には」
予想に反して、彼が言ったのは一般論であった。考えていたのは、答えではなく、策だったのか?
「そりゃ、憧れもするだろう。しかし、そんなものは、子供の夢だ」
そこで、言葉を切り、ユウトの反応を見るが、彼は黙って続きを促した。
「そりゃ、子供の頃の夢を、何時までも持っている事が悪いなんて、そんなことは言わない。しかし、あんたはそんな性格ではないだろう?」
これだけ、斬り合いをすれば分かる。
と、かまをかけてみる。
目の前の男が、少なくとも戦闘に限っては、随分と頭の切れる男であるのは、確かである。しかし、頭の良さと、心の有り様は、なんら関係性はない。世界を一変させるような天才でも、純粋である権利は、有るはずだ。
「今、戦場で剣士の出番はありません」
ユウトの第一声は、それであった。勇者とは何ら関係の無さそうな、話題。しかし、彼の表情は真剣そのものであり、ちゃんと説明するつもりなのだろう。
「少し前から、うすうす分かってはいたのですけどね。少しと言っても、数十年は前です。国家の感覚で言っていますからね。最近いよいよ、魔法が発達してきて。広範囲を殲滅するような強力な魔法によって、アウトレンジを決められたら、如何なる剣士といえども、太刀打ち出来ないんですよ」
戦場の原則。勝つためには、より遠くから、より強い攻撃を仕掛けよ。敵の射程距離範囲外から、強力な攻撃を、一方的に叩き込め。至って単純な原理であり、論理だ。しかし、それ故に、強力なものである。
「成程。魔術師の台頭により職場がなくなった剣士様達の、次なる稼ぎ先に魔界が選ばれた、と」
「そう、国はそれが狙いです。一時は暴動が起きかけましたしね。魔法使いの護衛役ばかりの生活は、ごめんだと」
彼は嘆息するかの表情で、そう言った。似合わないな。そう思った。
「それで、君はどうなんだ?そこまで知っていて、ただの英雄志望でもあるまい」
「ええ」
違いますよ。
ユウトはそう言った。
さっきは誰でも憧れるなどと、言ったくせに。
それでいて、むしろさわやかさすら感じさせてしまうのは、流石と言うべきなのだろうか。
「まあ、そこは高度な政治的判断ということで。僕にも野心はありますからね……と、少し喋りすぎましたね。貴方、強いですから、ついつい話してしまいます。しかし、魔王でない貴方には、話しても仕方ない事ですがね」
魔王?何故そこでその単語が出てくる。魔王には、話してもいい目的なのか?いや、魔王以外には、話してはいけない。そんな内容なのではないか。とすると、この男、思った以上の強敵である。剣士だけではなく、策士としても。
つくづく、勇者らしくない男である。
まあ、僕に勝てるようなら話して上げないことも、ないですよ!
最後にそう言って-嘘であろうが-ユウトは再び斬り込んできた。
「神刀流奥義!『士定百式』!」
低い姿勢を維持したまま、カミカゼを左腕に添わしている。
左腕を鞘に見立てての、抜刀。
神刀流。
それが、こいつの流派か。
私の剣技は、改良を加えすぎて、元の流派に当てはまらないが、ここで技名を言わないというのも、つまらないだろう。
「神刀流奥義『飛燕絶翔』」
ムサシを中段に構えて、迎撃の姿勢を取る。『飛燕絶翔』は後の先を奪うための奥義だ。
刀が交わる一瞬、ユウトが笑ったように見えた。私も、同じ表情をしているのだろう。
そして。
刃が、交わった。
その後のやり取りを完全に理解していたのは、私達だけであろう。途中から、意識の外に追いやっていた観客達から見れば、いつの間にか決着が着いていた。その程度の認識だろう。
いや、私達でさえ、頭で理解できていたとは、言えない。
体の反射だけで、戦っていた。
体に染み付いた、奥義だけで、戦っていた。
それでも。
勝敗は、はっきりとしていた。
「……これで、終わりだな」
「……参りました」
立っているのは私で、尻餅をついているのはユウトであった。私の刀はユウトの喉に突き立てられている。対するユウトの剣はというと、彼の手を離れて、転がっている。
このまま、少し前進させれば、彼の命の灯火を、消すには十分だ。
一瞬そう魔がさしたが-魔物に魔がさすとは、笑えないが-私は。ムサシを鞘に収めた。
チッ。
納刀が完了した事が、契機となり、歓声が周囲を覆う。普通にうるさい。
その中には、肩を落としている人間もいるが、恐らくカケに負けたのであろう。人の決闘で賭けをするな、と言いたいが、そんな事で勝利の余韻を潰しても、つまらない。
「初めてです。負けたのは」
それは流石に嘘だろう。
「そうですね。しかし、神刀流を極めてからというのも負けなしでした」
初黒星です。
ユウトは薄く笑った。存外爽やかなものだ。
「初めてというなら、こちらも初めてだ。俺以外に、神刀流を使う者がいるとはな」
この流派は、私を除くと、すでに滅んでいるはずだ。この男はどこでこれを知った?
「それは、僕のセリフでもあるのですが……」
ユウトは、しっかりと私の目を見つめて、言った。
「僕の師匠には、この流派の使い手は他にいない、と教えられました。なのに、何故貴方が知っているのか。僕には非常に不思議なのですが」
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