第5話 決闘三

 激しい切り込みが、私を襲う。それに対し、こちらは防戦一方であった。抑も魔物状態の時に使うべき刀を、能力が制限されている人間の状態で使うのだ。それでは十分に使いこなせないのは、明らかである。筋力が圧倒的に足りない。

 おまけにこの勇者、やけに素早い。盗賊ではないかと思うほどだ。それに加え、連続技の剣術。おかげで、距離を取ろうとしても、まったくできない。

 最初に切り結んだときに、やけにあっさりと引いたのは、こちらの技量を確かめ、攻略法を考えるためか。

 勇者などと名乗っているが、その実随分と考える奴だ。

 もっと単純であって欲しい。

 勇者なんだから。

「これで終わりだ!『飛香五式』!」

 ユウトは言うが早いか、袈裟懸けに斬り込んでくる。

 ムサシを少し右に傾けて、受ける。しかし、それは計算の範疇であったようで、ユウトはカミカゼが反射される勢いを利用し、一回転の後に横向きに斬撃を放つ!

「くっ……」

 半歩後ろに下がることで、それを回避する。

 瞬間、突きが来た。

 このまま、動かずにいれば、後ろに下がるままであれば、そのまま体を貫かれるだろう。しかし、右や左に躱すという選択肢も、ある。しかし、それが私を追い詰める為の一手になるのはまちがいないだろう。詰め将棋と同じで、相手が最善手を取ることを前提とした、剣術。

 まったく、いやな代物だ。

 こうなれば、私の取る選択肢は一つしかなくなるではないか。

 覚悟を決め、私は前に出た。

 剣をぎりぎりの所で躱し、ユウトの右腕をつかむ。そして、グイっと引き、その勢いを利用して、更に前進する。

 ユウトはつんのめるように、前に出た。その顔には驚きの表情が刻まれている。

 私と、ユウトの体がすれ違った。

 同時に、後ろ向きに斬り込む。

 ギン!

 鈍い音がした。

 私達の剣は、真正面からぶつかり合い、静止していた。

「……凄いですね。『飛香五式』を打ち破るなんて」

 会話に入ったのは、それだけ驚異と感じたからか?だとしたら、光栄の至りだが。

「あれは、受け続けると、じり貧になってゆく剣技だろう?ならば、避けなければ良い。受けなければ良い。こちらから、当たりに行けば良い」

「剣は腕の延長ですか。そう攻略するとは、思いもよりませんでした」

 ユウトは、はあ、とため息を吐いた。似合わない動作である。しかし、それは外見の話で、むしろこの少年の素の性格はこういうものなんだろう。常々、勇者らしくない男である。

「常套手段には、意表を突け。これも一つの定石だ」

「成程、勉強になりますね」

「ほざけ」

 その瞬間、不意にユウトが、剣を緩めた。つばぜり合いをしていた私は、思わず前につんのめる格好となる。

 それを狙い澄まし、ユウトは剣を右から左へと、薙いだ。このままでは、胴体が、胸の辺りで真っ二つになってしまう。かといって、彼の刃が届くより早く体制を立て直し、おまけに躱すなど、とてもできない。

 できないなら、体勢を立て直せないなら、より崩していくより他に、選択肢はあるまい。

 私は膝を折り、首を引っ込めた。頭の直ぐ上に、カミカゼが軌道を描く。髪を持って行かれて、てっぺんだけ禿げている状態になってしまったかも知れないが、そんなことを気にしている場合ではない。

 刃を何とか躱した私は、ユウトの直ぐ横を過ぎる。体勢は最悪だが、勢いそのままに前転。距離を少しでも稼ぐ。

 立ち上がった私が振り返ると、直ぐ目の前に刃が迫っていた。とっさに、ムサシをもって防ぐ。

「ちっ……」

 まずい。まだ体勢が、万全ではない。このままでは、押し切られる。私は後ろに倒れると同時にユウトに蹴りを入れた。

 とっさの、苦肉の策の一撃。しかし、いや、だからこそ。不意打ちとなり、ユウトはそれを真面に喰らった。

 ユウトが、僅かばかり後ろに下がる。蹴りの威力と言うより、それを軽減しようと、自ら下がった形となるが、それで良い。

 距離が稼げれば、それで。体勢を立て直せるだけの距離が。

「まいったな。これだけ攻めているのに」

 まいったな。だって?それは私の言葉だ。彼の猛攻に、私はこれまで防戦一方である。ユウトの息も吐かせぬ連続攻撃を前に、防御から攻撃に転じることができずにいる。

 このままでは押し切られるのは、確実。

 何かしらの策を、練らなければ、いけない。

「すまないが……」

 だから、私がこの話を切り出したのは時間稼ぎが目的だった。

「一つ質問、良いかな」

「……何です?」

 ユウトは不審の念をにじませて、そう答える。しかしながら、彼が私の会話に応じたのは、彼もまた、策を練らなければいけないからだろう。私を、完全に押し切る策を。

「何で、勇者なんてやっているんだ?」

 あるいは、やろうとしているのか。

 ユウトは、一瞬あっけにとられた表情をした。それはそうだろう。少なくとも真剣勝負の時にするべき話ではない。しかし。

 私にとっては、どうしても聞いておきたい事柄であった。

「正確には、まだなっていませんよ。魔界に足を踏み入れてすらいません」

 その辺りは自分で突っ込みを入れている。しかし、そんな、意味のない反論をするとは、彼も時間を稼ぎたいという事に、確信が持てるというものだ。

「そうだな。では、言い直そう。ミナイユウト。君は何故、勇者になろうとしている?」

 しばしの思案の後に、彼は口を開いた。

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