第4話 決闘二

 両者共に構える。

 私は腰を深く落とし、刀を鞘から行かずに、左手を鯉口、右手を柄に添わしている。対するユウトは両手で剣を中央に構えている。

「剣、抜かないのですか?」

 ユウトはそう尋ねて来る。まさか居合を知らないわけは無いだろうから、冗談のようなものだろう。

「悪いが、これが俺の構えだ」

 私は微動だにせずにそう答えた。

「へえ、格好良いですね」

「ほざけ」

 ユウトは少し思案して、左手を剣から離し、片手で握り直した。切っ先は変わらずこちらに向いている。

 戦闘は久しぶりだ。魔王になってからは久しく行っていない。ユキとの戦いを除くと、三〇〇年ぶりになるかも知れない。人間相手だが、しかし彼は勇者だ。どの程度の力を持っているのか。それを知ることに興味を抱いている自分に気付かないではいられなかった。私も、剣士だな。まったく困ったものである。

「では、始めようか」

「ええ」

 頷くと同時に、ユウトが突っ込んできた。居合いで迎撃を試みる。しかし、ユウトは剣を合わせ、威力を殺しつつ、極端な前傾姿勢で、居合いを躱すと、一直線に突進してきた。

「っ……」

 私は柄にも無く、少しばかり焦り、後ろに飛び退いた。間髪入れず突き出されたユウトの剣が空振る。しかし、そのまま勢いを失わずに、二撃目を喰らわせようと、上段から振り下ろす。

 私はその斬撃を正面から受け止めた。そしてはじき、距離を取る。

「……まいったな」

 自然、そんな言葉が口をついて出る。

「それはこちらの台詞ですよ。これで仕留められないとは、思わなかった」

 お強いんですね。ユウトはその言葉とは裏腹に、憮然とした表情をしている。

「じゃ、おあいこだな。面白い」

 まいった、というのが本音なら、面白いというのもまた、本音である。

 仕切り直しとまいろうか、という所で、私は気になっていたことを聞いておくことにした。

「その剣、なんて名前だ?随分と軽いようだが」

 そう。軽いのである。見た目は一般的な片刃の剣。少しばかり反りが入っていて、鈍色に輝いている。長さはむしろ長い位なのだが。

 軽い。

 勿論素人の斬撃だったりはその獲物に限らず、軽いのだが、ユウトは素人でもないし、抑も意味が違う。

 彼の斬撃は重い。だが、剣自体が軽いのである。

「へえ、今の一度でそれに気付きますか。本当になかなかの剣士ですね」

「世辞は止せ」

「カミカゼ」

 うん?会話の流れを無視して、穏やかでは無さそうな言葉が聞こえた。

「この剣はカミカゼといって、僕の村に伝わる名刀です。その剣は空より軽く、風より速し、と。流石にそれは、大言壮語ですが」

「へえ、凄い刀だな」

 私の言葉にユウトはにっこりと笑った。これ以上離すつもりはないのだろう。

「それより、その刀。納刀しなくても、良いんですか?」

 ユウトは不意にそう言った。話題転換と同時に私の剣術に探りを入れようとしているのだろう。

「別に、抜刀術というわけではない。この世界には、抜刀と納刀を瞬時に行う剣術もあるようだが、当然、そんなものとは違う。単に抜刀も術の中に入っているだけだ」

「成程。因みに何という流派ですか?」

「おいおい。さりげなく聞いているんじゃないよ。それは不公平というやつだ」

 口をとがらせて抗議をすると、瞬時に返答が帰ってきた。

「剣の銘を教えましたよ」

「そうかい……」

 しかし、剣と流派の名前は全くの別物だ。剣など、武器でしかない。それがどんな特性を持っていた所で―それがよっぽど特殊な物であった場合を除いて―得られる情報量は大して多くはない。しかし、流派となるとどうだろう。こちらの攻撃防御一挙手一投足が、隙のでき方から突き方まで。最悪の場合知られてしまうのだ。

 それだけは、いけない。

「ムサシ」

「変な名前の流派ですね」

 失礼な。しかし、安心したまえ。そうではない。

「刀の名前だよ。これで、差し引き零だ」

「頭の回る……」

 ユウトは感心するように、そう言った。口元には苦笑いが浮かんでいる。

「あんたも中々の策士だな」

 私達は、笑い合った。探り合いは終了。その合図である。

「では、仕切り直しと行きましょう」

「ああ。来い」

 私にはユウトの使う流派が、何となく掴めていた。いや、正確に言うと、その特性が、だ。

 連続技を主体とする流派なのだろう。しかし、それを知ったところで、状況が好転するとは思えなかった。

 何故なら、私の知っている数ある流派の中で、そんなものは、一つしかないのだ。

 この段階で、それを参考にすれども、必要以上に断定しては、まずい。

 それに、彼の剣-カミカゼ-は彼の操る剣術と非常に相性が良い。というのも、剣というものは、普通重いものだ。だからこそ、攻撃力に秀でている。しかし、そのような剣を連続技などと言ってあんなに振り回せば、普通筋力が持たない。

 かといっても、斬術が基本のようだし、刺突剣のような代物では、役者が務まらない。そこで、あの妙に軽い剣の出番というわけだ。

 如何なる技法、魔術を使っているのかは不明であるが、えらくお誂え向けである。

 重いから強いのではなく、軽いからこそ強い。

 まことに厄介な相手である。

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