第3話 決闘

 だから、店主がこう言ったのは、自然な流れなのかもしれない。

「どうです?ここは一度手合わせといっては」

 やっぱり自然じゃない。さて、勇者様はどう答えるか。

「へぇ、魔物を追い返すほどの……」

 なんてことをぶつぶつ言ったかと思うと、不意に顔を上げた。

「それは、興味がありますね」

 だから、魔物云々は殆ど話し合いだ。今でもユキ以外には、他の魔王以外には負けない程度の実力を持っているという自負はあるが、それは魔物としての場合だ。人間の皮を被っている現状では、それもたかが知れている。

 彼が本当に勇者と公言して憚らない程の力の持ち主ならば、負けてしまうかも知れない。

 まあ、それはそれで一興か。私はそのように思い直し―或いは諦めを付け―勇者の方へ、顔を向けた。もう、どうにでもなれ、だ。

「しかし、魔界に入らないうちに、けがをしてもつまらないでしょう」

 それでも、初志貫徹……ではないが、多少なりとも抵抗をしようとしたのだが、この言葉は次の一言で完全に無効化された。

「大丈夫です。この……」

 と、勇者は彼の仲間の内の一人を手のひらで示した。

「彼は優秀な回復術士でしてね。即死でもない限り、無傷と同じですよ」

「仮に、死んだら?」

「その場合は腐敗を止めて、王都の蘇生術師の所へ行ってもらうところになりますが……ああ、安心してください。費用は全てこちらが負担します」

「そりゃ、安心だ」

 というより、自信家なのだろうか。自分の死ぬ可能性を考慮していないようにも見える。

 と、いうわけで私はあれよあれよという間に、勇者と決闘する運びとなったのである。

「それで、何時にします?今?」

 待ちきれないといった風に、勇者は尋ねてくる。

「いえ、明日にしましょう。コンディションを整えておきたい」

 アルコールが入ってるしね。それに、今夜にでもユキと連絡を取りたかった。勇者の出立を遅らせる意図もある。

「では、明日。良い勝負をしましょう」

 彼は快く引き受けてくれた。しかし、仲間はそうでもないようで、今日出発するんじゃなかったの、とか、毎回出立日が長くなってるよね、とか聞こえてくる。というか、毎回似たようなことをやっているのか。どれだけ戦闘狂なんだ。

 ああ、そうだ。大事なことを聞き忘れていた。

「名前、なんて言うんだ。名前も知らないような奴と、決闘をするほどつまらんものもないだろう」

「ああ、失敬。僕はミナイユウトと、いいます。明日はぜひ良い試合をしましょう」

 ユウト君か。いい名前である。

「私は、ミヤモトガイロンという。よろしく」

「ミヤモトさんですね。いい名前だ。ザ剣豪とでも言う様な」

 世辞にしても褒めすぎである。しかも本気で言っているようなのだから、質が悪い。

 私の名前の善し悪しはともかくとして、これでいよいよ退路を断たれた。いざとなったら、夜逃げという選択肢もあるが、私も剣士の端くれ。そのような真似をすれば、恥のあまり死にたくなるだろう。夜討ちの方が、利益の出るだけましである。しかし、これも剣士としての自負心が許さない。まったく、難儀な性格である。

「そいつは、ありがとう。どうだ?お近づきの印にでも、一杯おごろうか?」

「いえ、僕はお酒は飲めないので……」

 ユウトはやんわりと拒否の言葉を口にする。しかし、嫌みのない言い方だ。こういうのも、勇者の素質なのだろうか。

「そうか。それは残念。お仲間さんは、どうだ?」

 せっかくの誘いにもかかわらず、三人が三人とも首を振った。流石に四人とも下戸というのは、確率が低すぎる。リーダーが飲まないから、飲まないとでもいうつもりなのだろうか。だとしたら、泣ける忠義心である。

 忠義心からだろうが、何だろうが、飲めない人間に無理に飲ますというのは、酒飲みとして、失格である。人間としてはとうの昔に失格している私であるが、しかし、いや、だからこそそれ以外の所では可能な限り矜持を守って行きたいのである。それがただの自己満足に過ぎないものだと分かっていても。


 そして、翌朝。決闘の会場である、村で一番の広場には、大勢の人間が集まっていた。お目当ては私達の決闘である。

 村の英雄と、世界いや国家の英雄。一世一代の大決戦。娯楽に飢えている田舎の住民にとって、これ程までに魅力的なものはない。

 おおかた、酒場の店主が客中に触れ込んで、それが伝わったのだろう。田舎の情報伝達速度、恐るべし。これで、魔法の類いを使用していないのだから。

 おかげでこの様な広い場所で戦えるのだから、その点を差し引いて不問にして上げよう。魔王には、寛大さも要求されるのである。

「妙に観客が集まってきたな」

 魔王でもないユウトは若干納得できかねているようだったが、そこは諦めてもらうより他にないであろう。田舎の人間を甘く見たのが、敗因である。

「とっとと、始めよう。本来なら君達はとっくに出立している筈なんだろう?」

「ええ、そうですね。しかし、これでは魔法は使えない」

「もとより、そのつもりだったがな。魔法は不得手だ」

「僕は剣士ではなく、勇者ですから、魔法の心得は多少有るのですがね。まあ、仕方ないでしょう」

 どうやら、不承不承ではありつつも、了承したみたいである。

 私も魔法は苦手では無い―むしろ得意だ―のだが。

 しかし、彼がどんなつもりだったにせよ、剣術に限った試合というのは、派手さは少ないが、分かりやすい。その点では、彼にも利点がある。勝利すれば、勇者の力を分かりやすく証明できるのだから。

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